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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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119/154

出発まであと二日

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

翌朝。

冒険者宿舎の一室で、ガイアは床に二つの荷袋を並べていた。


ガイアは自分の荷物をまとめ終えると、隣の荷袋へ手を伸ばした。

着替え。予備の手袋。雨具。

野営に必要なものの大半はギルド側で用意される。

個人で持つものだけ揃えておけばいい。


一通り詰めたところで、ガイアの手が止まった。


「あ……防寒具」


ギルハイムは遥か北にある。

昨日の作戦会議でも、北上するにつれて気温は大きく下がると聞いている。


だが。


ジジがまともな防寒具を着ている姿を、ガイアは見たことがなかった。

冬でも厚手の外套を羽織る程度だ。


「持ってねぇよな、あいつ」


自分のものもない。

ガイアは二つの荷袋を閉じた。


——————————————————————

    

ギルドには、すでに遠征用の物資が集まり始めていた。

保存食、水袋、天幕、縄、油。

グリムがそれらを確認し、バルトが帳面を片手に何かを書き込んでいる。


少し離れたところにはダンテと、マルセル、シーザーの姿があった。

ガイアは二つの荷袋を壁際へ置いた。


「ダンテ」


「何だ?」


「ジジの防寒具って知ってる?」


「知らねぇな」


即答だった。


「やっぱ?」


「あいつが防寒具着てんの見たことねぇ」


「……確かに。外套しか知らねぇな」


「北じゃさすがにいるだろ」


「だよな」


ガイアが腕を組む。


「買ってくるか」


「お前が?」


「他に誰が行くんだよ。ジジは今日もルナリスから離れねぇだろ」


「ああ」


ダンテもそこには異論がなかった。


「お前も来いよ」


「俺?」


「ジジの大きさ知ってんだろ」


「お前も知ってんだろうが」


「二人で見た方が早ぇだろ」


「……まあ、俺も買わなきゃならねぇしな」


ガイアがダンテを見る。


「持ってねぇの?」


「北方用なんかねぇよ」


その会話を聞いていたマルセルが口を開いた。


「僕もありません」


シーザーも頷く。


「俺もです」


ガイアは三人を見回した。


「じゃあ全員行くぞ」


「今からですか?」


「明後日出んだぞ。今日やっといた方がいいだろ」


「分かりました」


——————————————————————


店へ向かう道中、マルセルとシーザーは妙に静かだった。


ダンテとは普段から顔を合わせている。

だが、ガイアとはまだほとんど交流がない。


ガイアは前を歩きながら、一度だけ二人を振り返った。

何か話しかければ返事はする。

ただ、そのたびに背筋が少し伸びる。

店へ入ってからも変わらなかった。


ガイアはマルセルと、その隣に立つシーザーを見る。

二人ともまだどこか硬い。


「お前らさ」


「はい」


「そんな緊張すんなよ」


マルセルが目を瞬いた。

シーザーもガイアを見る。


「これから一緒に行くんだろ。そんな固くなられてもやりづれぇ」


「……すみません」


「だから謝んなって」


マルセルが少し困ったように笑った。


「初めてご一緒するので」


「まぁそうだな」


ガイアはそこでようやく納得したように息を吐いた。


「別に取って食ったりしねぇよ」


マルセルの表情が僅かに緩んだ。


「分かんねぇことあったら聞け。遠征中もな」


「ありがとうございます」


ガイアはシーザーを見る。


「お前も」


「はい」


「……お前は元からそんな喋んねぇの?」


シーザーが一瞬黙った。


「……はい」


「ならいいけど」


隣でマルセルが小さく笑う。

先ほどまで張っていた空気が、少しだけ緩んだ。

ガイアは再び棚へ向き直った。


袖を通し、腕を上げる。

腰の剣へ手を伸ばし、動きを邪魔しないことを確かめた。


「これにする」


その様子を見ていたダンテが言った。


「お前こそ防寒しっかりしとけよ」


「何で?」


「お前、南の島育ちだろ?」


「だから?」


「寒ぃぞ、北は」


「へぇ」


ガイアは自分が選んだ防寒具を見下ろした。

十分に厚い。


「大丈夫じゃね?」


ダンテが眉を上げた。


「知らねぇぞ」


「何が」


「向こう着いてから寒い寒い騒いでも」


「騒がねぇよ」


ガイアは気にも留めず、防寒具を脱いだ。

次はジジのものだった。

大きいものが並んでいる一角へ移る。

ダンテが一着を広げる。


「これくらいか?」


ガイアが見る。


「肩入らなくねぇ?」


「……無理か」


「腕も短ぇだろ」


「めんどくせぇ身体してんな、あいつ」


「育ちすぎなんだよ」


何着か見比べる。

ようやく、かなり大きめの一着で二人の手が止まった。

ダンテが広げる。

ガイアが肩幅と袖の長さを見た。


「これなら入るだろ」


「多分な」


「これにするか」


本人はいない。

それでも二人とも、長年ジジを見てきた。

大きく外すことはないだろう。


その後、ダンテ、マルセル、シーザーもそれぞれ自分の防寒具を選んだ。

店を出る頃には、マルセルの緊張も随分と薄れていた。


「ガイアさんは、北の方まで行ったことあるんですか?」


「ねぇよ」


「そうなんですか?」


「放浪してっけど、北はそんな行ってねぇ」


「どうしてです?」


「寒そうじゃん」


ダンテが横目で見る。


「お前、本当にそれで大丈夫か?」


「しつけぇな。大丈夫だって」


シーザーが僅かに口元を緩めた。

ガイアがそちらを見る。


「今笑った?」


「……いえ」


「笑っただろ」


「すみません」


マルセルがまた笑った。

ガイアもそれ以上は何も言わなかった。


——————————————————————


昼を過ぎる頃には、ギルドの壁際を遠征用の荷物が占め始めていた。

マーサがそれに気づいたのは、受付から書類を運んでいた時だった。


最初は、何か大きな依頼が入ったのだと思った。

だが、近くを通るたびに荷物が増えていく。


保存食。

水。

野営道具。

防寒具。

薬品。

数日の討伐では必要にならない量だった。


「……随分多いのね」


マーサが呟く。

近くにいたバルトが顔を上げた。


「まあな」


「遠征なの?」


「そんなとこだ」


マーサは荷物を見る。

誰のものかまでは分からない。

けれど、グリムが物資を確認している。

ダンテもいる。

マルセルとシーザーまで装備を揃えていた。


そして、ガイア。


「……バルトも行くの?」


「ああ」


マーサの視線が止まった。


「何人で?」


「七人」


七人。


マーサはそれ以上聞かなかった。

話せる依頼と、話せない依頼があることくらい分かっていた。


それでも、妙だった。

これだけの顔触れが揃う討伐なら、もっと違う空気になる。


何を狩る。

何体いる。

どこから攻める。

そんな話が聞こえてくるはずだった。


今日は違う。


聞こえてくるのは、道中の話ばかりだった。

どこまで馬で進めるか。

どこで補給するか。

どれだけの食料を持つか。

帰路に何日かかるか。


随分、遠い。

それだけは分かった。


「……また、遠いところ行くのかな」


マーサは小さく呟いた。


答える者はいなかった。


——————————————————————


夕方。

ギルドの扉が開いた。

マーサが顔を上げる。


ジジだった。


「ジジ」


「マーサ」


ジジが受付を見る。


「ルナリスは?」


「シャイアんとこ」


「まだ診療所?」


「ああ。今日はそのまま預かってもらう」


「大丈夫なの?」


「ああ」


そう答えながらも、ジジの表情は晴れない。


「シャイアに、一回こっち行ってこいって追い出された」


マーサが僅かに笑った。


「そうだったの」


「明後日だろ。何もやってねぇから」


ジジは壁際に積まれた荷物を見る。

その中からガイアが顔を上げた。


「遅ぇ」


「ルナ置いてきたくなかったんだよ」


「分かってる」


ガイアは足元にあった大きな荷袋を押し出した。


「ほら」


ジジが見る。


「何これ」


「お前の」


「もう準備したのか?」


「昨日やるっつっただろ」


ジジは荷袋を持ち上げた。

中を見る。


「……ありがと」


ガイアの眉が僅かに動いた。


「昨日から何なんだよ。気持ち悪ぃな」


「じゃあ返せ」


「どう返すんだよ」


ガイアが荷袋の上に置かれていた防寒具を取った。


「あとこれ」


「何」


「防寒具」


ジジが受け取る。


「俺、外套あるけど」


「それ防寒具って言わねぇだろ」


「冬ずっとあれだけど」


「北行くんだぞ」


「着てりゃ平気じゃねぇ?」


「駄目だから買ってきたんだよ」


ジジは防寒具を広げた。

かなり大きい。


「入んの、これ」


「知らねぇ。着てみろ」


ジジがその場で袖を通す。

肩を入れ、前を閉じる。

ガイアとダンテが同時に見る。


「入ったな」


「だな」


ジジが腕を動かした。


「ちょっとでけぇな」


「それくらいでいいだろ。中に着込むんだから」


「そういうもん?」


「そういうもん」


「じゃあこれでいい」


あっさり脱ぐ。

ガイアが受け取った。


「俺、荷物置いといていいか?」


「明日ちゃんと確認しろよ」


「分かった」


ガイアが一瞬ジジを見る。


「ルナリスんとこ戻んの?」


「ああ」


迷いのない返事だった。

それだけで会話は終わった。


マーサは受付から二人を見ていた。


昔から変わらない。


顔を合わせれば、すぐに言い合う。

それなのに、ジジがここへ来られないと思えば、

ガイアが当然のようにその分まで準備している。


長い付き合いなのだから、不思議なことではない。


マーサもそう思っていた。

それより気になるのは、別のことだった。


「ジジ」


呼び止める。

ジジが振り返った。


「ん」


「今回、長いの?」


「多分」


「どれくらい?」


「分かんねぇ」


マーサの指が止まった。


「……分からないの?」


「ああ。行ったことねぇし」


「そう」


ジジはそれだけ答えた。

ジジが背を向ける。


そのままガイアたちに何か言い、ギルドを出ていった。


シャイアの診療所へ戻るのだろう。

マーサはその背中を見送った。


行ったことのない場所。

いつ戻れるかも分からない。


七人。


ダンテ。

グリム。

マルセル。

シーザー。

ガイア。

バルト。

そして、ジジ。


何をしに行くのかは知らない。

誰も話さないのなら、聞くべきではない。


それでも。


いつもの討伐とは、何かが違う。

朝から胸の奥にあった小さな違和感が、ゆっくりと形を変えていた。


理由の分からない、不安へと。


出発まで、あと二日。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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