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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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116/154

集う者たち

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

あれから十日が過ぎた。


最後まで所在の掴めなかったグリムが見つかったと、

バルトから知らせが来たのは前日のことだった。


翌日。


ギルド二階のギルドマスター室には、

すでにジジとルナリス、ガイアが集まっていた。


机にはギルハイムの古い地図と、六国から集めた資料が重ねられている。

ルナリスはジジの隣に椅子を寄せてもらい、両手を膝に置いて座っていた。

廊下から複数の足音が近づいてくる。


やがて扉が開いた。


「よう」


「おう」


入ってきたダンテへ、バルトが片手を上げる。


それだけだった。

その後ろには、二人の若い男が続いている。


「ダンテ?」


ルナリスが声を上げた。

ダンテが振り向く。


「お?」


「ダンテ!」


ルナリスは椅子から降りた。


「ルナ、ゆっくり」


「うん」


ジジの声に頷き、片手を机の縁へ置く。

それを伝いながら数歩進み、もう片方の手を声のした方へ伸ばした。

ダンテの足が止まった。


伸ばされた小さな手。

そして、その下。

二本の足で立っているルナリスを見て、目を見開く。


「……ルナリス」


今度はダンテの方から近づいた。

差し出された手を取る。


「おう。久しぶりだな」


ルナリスが嬉しそうに笑う。

ダンテの視線が、もう一度その足へ落ちた。


「…歩けるようになったんだな」


「うん!」


「そうか」


大きな手が、ルナリスの頭へ乗る。


「よかったな」


「でも一人で歩いちゃダメなの」


「そりゃそうだ」


「ジジもシャイアも言う」


「じゃあ言うこと聞け」


「ダンテも同じこと言う!」


「当たり前だろ」


ダンテが笑った。


「ほら、戻るぞ」


手を繋いだまま、ジジのいるところまで連れていく。

ジジが椅子を引いた。


「座れるか?」


「うん」


ルナリスが椅子へ戻る。

その様子を見届けてから、ダンテが後ろの二人を振り返った。


「連れてきたぞ」


ジジも顔を上げる。


「久しぶり」


先に口を開いたのはマルセルだった。


「お久しぶりです、ジジさん」


穏やかな笑みを浮かべて頭を下げる。

その隣でシーザーも短く会釈した。


「……お久しぶりです」


「ああ」


ジジが二人を見る。

黒蛇の殲滅した時以来だった。


「聞きました。僕たちを推薦してくださったって」


マルセルが言う。


「ああ。二人ともいい動きしてたからな」


マルセルが僅かに目を丸くした。

隣のシーザーもジジを見る。


「覚えててくださったんですね」


マルセルが嬉しそうに笑った。

シーザーの口元もほんの僅かに緩んだ。


「ガイア」


ジジが呼ぶ。

窓際に立っていたガイアが振り向いた。


「この二人。マルセルとシーザー」


ガイアがこちらへ歩いてくる。

マルセルとシーザーの視線が、揃って止まった。


南方のエルフを見る機会そのものが、ノーカルミアではない。

甘い香りが、ふわりと鼻先を掠める。

金色の鷹の目が二人を映した。

ほんの一瞬のはずが、妙に長く感じられた。


「ガイアだ」


「あっ……マ、マルセルです。よろしくお願いします」


返事が僅かに遅れる。


「シーザーです」


シーザーも短く名乗った。


「こいつらが黒蛇の時の?」


「そう」


「ジジが使えるっつうなら問題ねぇだろ」


二人がまた一瞬止まる。

見た目からは想像もつかない口の悪さだった。


ガイアは地図の方へ戻った。


マルセルがその背中を一度だけ見る。

シーザーも無言で視線を向けた。


「何してんの?」


ジジが聞いた。


「いえ」


「別に」


二人がほぼ同時に答えた。


その時だった。

廊下から重い足音が聞こえてきた。


バルトが顔を上げる。


「やっと来たか」


扉が開いた。


「やっととは何じゃ」


低い声とともに、小柄な男が入ってくる。

背は低い。

だが横幅は広く、厚い胸板と太い腕が重装の上からでも分かる。

身体に似合わぬほど大きな荷を背負っているにもかかわらず、足取りは軽い。

豊かな髭の奥から、部屋を見回す。


「グリム、どこほっつき歩いてんだよ。十日も探させやがって」


バルトが言う。


「知らんわ。わしは別に隠れとったわけじゃない」


グリムの視線が止まった。


「おう」


「久しぶり」


ジジが答える。


「随分偉くなったそうじゃの」


「何が?」


「オリハルコンじゃよ」


「別に偉くはねぇよ」


「ほう」


グリムがジジを眺める。


「何」


「いや」


髭の奥で笑う。


「中身は変わっとらんな」


「……何だよ」


「褒めとる」


「嘘つけ」


横からガイアが鼻で笑った。

グリムがそちらを見る。


「お前もおったか」


「見りゃ分かんだろ」


「相変わらず口の悪い奴じゃ」


「爺さんに言われたくねぇよ」


「二百三十のエルフが何を言っとる」


「お前より見た目若ぇだろ」


「見た目の話などしとらんわ」


「はいはい、そこまで」


バルトが机を叩いた。

グリムがバルトを見る。


「お前も相変わらず偉そうじゃの」


「ここ俺の部屋だからな」


ダンテが小さく鼻で笑う。

グリムが今度はそちらを見た。


「ダンテも久しいの」


「おう」


「兄貴とは仲良くなったか?」


「なってねぇ」


「なってねぇよ」


双子の声が重なった。

グリムが笑った。


「それでこそじゃ」


バルトが溜息をつく。


「……これで全員だな」


部屋の空気が変わった。

グリムもそれ以上は何も言わず、机へ近づく。

バルトがギルハイムの地図を中央へ広げた。


「まず目的を確認する」


全員の視線が集まる。


「俺たちはギルハイムを奪還しに行くんじゃねぇ。

 魔物を殲滅しに行くわけでもねぇ」


指が地図へ落ちる。


「目的は一つ。レジーナの心臓の奪還だ」


グリムの眉が僅かに動いた。

バルトは続ける。


現在のギルハイムについて分かっていること。

分かっていないこと。

六国から遠く離れた北方にあり、魔物によって堕ちた国であること。

国境周辺の情報はあるものの、内部については古い記録しか残っていないこと。

そして、そのどこかにハイファーがいる可能性もあるということ。


話を聞き終えたグリムが腕を組んだ。


「なるほどの」


「だからお前を呼んだ」


ガイアが言う。


「暗い場所なら、お前が一番使える」


「わしを何じゃと思っとる」


「頑丈な爺さん」


「殴るぞ」


「褒めてんだよ」


「お前の褒め言葉は分かりにくいわ」


ダンテが地図を見る。


「侵入経路は?」


「まだ決めねぇ」


ガイアが答えた。


「現地付近に着いてからファルコを飛ばす」


マルセルが顔を上げる。


「ファルコ?」


「俺の鷹だ」


「鷹ですか」


「でけぇよ」


ジジが言った。


「十メートルくらい」


マルセルが止まる。


「……十メートル?」


シーザーも僅かに眉を上げた。


「鷹が?」


「そだけど」


「それを鷹と呼んでいいんでしょうか」


「鷹だよ」


ジジが普通に答える。

ガイアが話を戻した。


「ファルコが見てるものは俺にも見える。上から地形と魔物の配置を確認する」


古い地図を指で叩く。


「十五年以上前の道を信じて入る方が危ねぇ。現地を見てから決める」


「妥当じゃな」


グリムが頷く。


「それだけ時間が経っとれば、地形が変わっとってもおかしくない」


「だから今決めんのは、持ってくもんと最低限の役割までだ」


ガイアが言う。


「中で何が起きるか分かんねぇ以上、決めすぎても邪魔になる」


その時だった。


「……光ってる」


小さな声がした。

全員が止まる。

ルナリスだった。

ジジが隣を見る。


「何が?」


ルナリスは何もない正面へ顔を向けていた。

白い髪が、ゆっくりと碧色へ染まり始める。


「赤い光」


「……何か見えてるの?」


「うん」


ルナリスの眉が僅かに寄る。


「暗いところ」


それだけ言って、少し首を傾げた。


「高い……」


「高い?」


ジジが聞く。


「うん。ずっと上まである」


バルトが地図へ視線を落とした。

ガイアも同じように古い地図を見る。

二人とも、ルナリスへそれ以上は聞かなかった。


「……塔かもしれねぇな」


バルトが小さく呟く。

地図の北西部。

そこには、古い塔の印が一つだけ残されていた。

けれど。


誰もそれをルナリスへ確かめようとはしなかった。

その時。


ガイアの周囲にいた風の精霊たちが、一斉にざわめいた。

銀の髪が、風もないのに僅かに揺れる。

ガイアが顔を上げた。


「……なんだ、これ」


いつもの反応とは違う。

風の精霊たちが、何かに引かれるように落ち着きを失っている。

ルナリスが胸元へ手を当てた。


「……なんか、悲しい」


ジジがすぐにそちらを見る。


「ルナ」


「赤いの……苦しそう」


ガイアの表情が変わった。

すぐにルナリスの前へしゃがむ。


「もう見なくていい」


「でも……」


「いい」


声は低いが、強くはなかった。


「俺らが行く」


ルナリスが黙る。


「ルナ見なくていい」


しばらくして。


「……消えた」


碧色に変わっていた髪が、少しずつ白へ戻っていく。

その手が胸元を掴んだ。


「……どきどきする」


ジジがすぐに手首へ触れる。


「ちょっと早いな」


「痛くない」


「そっか」


ルナリスが両腕を伸ばす。


「抱っこ」


「ん」


ジジはすぐに抱き上げた。

小さな身体が首元へ寄る。


机の上では。

誰も触れていない古い地図の北西部に、塔の印だけが残されていた。


誰も話を再開しなかった。

やがて碧色だった髪が、少しずつ元の白へ戻っていく。

ルナリスの呼吸も落ち着き始めた。


「眠い?」


「……ちょっと」


ジジが抱き直す。


「寝る?」


「うん」


ルナリスを抱きなおすと、小さな手がジジの服を掴んだ。


しばらくして、寝息が聞こえ始める。

ダンテが小さく息を吐いた。


「……今のが、千里眼か」


「多分」


ジジが答える。


「髪もいつもああなるのか?」


「ああ」


ガイアが椅子へ戻った。


「髪だけじゃねぇ、精霊が反応してた」


バルトが見る。


「どういうことだ?」


「分かんねぇ」


ガイアは眠っているルナリスへ目を向けた。


「俺もあんなの見たことねぇよ」


部屋が静かになる。


グリムも何も言わず、ルナリスを見ていた。

ジジの指が、白く戻った髪を一度だけ整える。


「……続けて」


バルトが全員を見る。

それから、声を落とした。


「じゃあ続けるぞ」


ガイアが地図を引き寄せる。

先ほどまでとは違い、誰も大きな声を出さなかった。


「一つだけ決めとく」


「何だ?」


「ルナには、もう怖い思いさせたくねぇ」


バルトがすぐ頷いた。


「ああ」


ダンテも何も言わない。


「中は俺がファルコで見る」


ガイアの指が地図をなぞる。


「足りねぇ情報は現地で俺らが拾う」


「当然じゃ」


グリムが低く答えた。

マルセルも頷く。

シーザーは眠るルナリスを一度見てから、地図へ視線を戻した。


「……こんな小せぇ身体に」


グリムが呟く。


「あれだけのもん背負わせとるのか」


誰も答えなかった。

グリムは太い腕を組む。


「あとはわしらの仕事じゃ」


「そういうことだ」


ガイアが答えた。


バルトが地図の中央へ手を置く。

ダンテが身を乗り出す。

マルセルとシーザーもそれに続いた。

ジジだけは椅子から動かなかった。


腕の中では、ルナリスが静かに眠っている。

その頭に片手を添えたまま、ジジも地図へ顔を向けた。


七人による奪還作戦が、ようやく動き始めた。

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お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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