北の果て
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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机いっぱいに広げられた地図の北端を、ガイアの指がなぞった。
「……遠いな」
「近かったら、とっくに誰か行ってる」
バルトが答える。
ジジは向かい側から地図を覗き込んでいた。
バインスを含む六つの同盟国は、一枚の地図の中でまとまっている。
そこから北へ。
いくつもの国境を越え、さらに進んだ先にギルハイムはあった。
六国の生活圏から大きく離れた北方。
かつては人間の国だった場所。
今は、違う。
「最後にまともに人が入ったのいつ?」
ジジが聞く。
「まとも、の基準によるな」
バルトが資料を一枚引き寄せた。
「国が落ちた後も、周辺までは何度か調査隊が出てる。
ただ、国境を越えて深くまで入った記録はほとんどねぇ」
「ほとんど?」
ガイアが聞き返す。
「帰ってこねぇからだ」
部屋が静かになった。
バルトが一枚の古い報告書を開く。
「六国ギルドでギルハイムが最高危険地域に指定されてる理由の一つだ。
魔物がいるからってだけじゃねぇ。中の状況が分からなすぎる」
ガイアが報告書を受け取った。
目を通す。
「これ、何年前だ?」
「二十三年前」
「古すぎんだろ」
「だから困ってんだよ」
ジジが別の紙を取る。
「こっちは?」
「国境付近。二年前」
「魔物の目撃……大型三、小型多数」
「それも見えた範囲だけだ」
「種類は?」
「不明」
ジジの眉が寄った。
「なんで?」
「遠目で確認して引き返してる。近づいて種類を調べるような場所じゃねぇ」
ガイアが報告書を机へ戻した。
「正しい判断だな」
ジジがそちらを見る。
「倒せるかもしれねぇ魔物一匹のために、
調査員全員死んだら情報も帰ってこねぇだろ」
「……たしかに」
バルトが次の資料を広げる。
古いギルハイム王国の地図だった。
城壁。
街道。
町。
森。
川。
中央付近には王都が記されている。
ガイアが地図を見下ろした。
「これ、国が落ちる前のだろ」
「ああ」
「今も使えんのか?」
「分からん」
ガイアが地図の端を指で押さえる。
「道が残ってる保証もねぇ。橋が落ちてるかもしれねぇし、
森が広がってるかもしれねぇ。
魔物が住み着いて地形そのものが変わってる可能性もある」
ジジは王都の印を見ていた。
「レジーナの心臓があるのはここ?」
「それも分からん」
「……」
「分かってるのは、ハイファーが最後確認されたのはギルハイムってことだけだ」
バルトの指が王国全体を囲む。
「レグラスから聞いた話と、こっちに残ってる情報を合わせても、そこまでだ」
ジジが顔を上げる。
「ハイファーが魔物の国にいる理由は?」
「分からん」
「ハイファ―が持ってんのか、魔物が持ってんのか…」
「ただ、ギルハイムに心臓があるってことだけってか…」
「ああ」
短い返事だった。
バルトは何も言わず、別の資料を出した。
「こっちは六国から集めた、ギルハイム周辺の魔物の記録だ」
ガイアがすぐに取る。
数枚めくったところで止まった。
「統一性ねぇな」
「俺もそこが気になった」
「北方種だけじゃねぇ」
「そうなんだよ」
ジジが横から覗く。
「何が変なんだ?」
「生息域だ」
ガイアが一枚ずつ指す。
「こいつは寒冷地。これは森林。こっちは本来もっと南にいる」
「なんで一緒にいんの」
「俺が聞きてぇよ」
ガイアは再び資料へ目を落とした。
「……魔物が集まってんのか」
バルトが腕を組む。
「その可能性は昔から言われてる」
ジジが机上を見渡す。
六国から集めた大量の紙。
これだけあるのに、肝心なところは空白のままだった。
「これで全部?」
「今手に入るのはな」
「少な」
「だから最高危険地域なんだよ」
バルトが椅子へ腰を下ろした。
「強ぇ魔物がいる場所なら、まだやりようはある。
何がいるか分かってりゃ対策できる。地形が分かってりゃ逃げ道も決められる」
ガイアが続ける。
「ギルハイムは、その前提がねぇ」
「そういうことだ」
ジジが地図へ手を置いた。
「でも行く」
バルトが見る。
「だから待てって」
「何を」
ガイアがジジの手首を掴んだ。
「お前は一回黙れ」
「なんで」
「今その話してんだろうが」
ジジが不満そうに口を閉じた。
バルトの口元が僅かに動く。
ガイアは気にせず、古い地図を自分の方へ引き寄せた。
「目的を間違えんな」
「分かってる」
「お前じゃねぇ。全員だ」
ガイアの指が王都の印を叩く。
「俺たちはギルハイムを取り戻しに行くんじゃねぇ」
ジジが黙って聞く。
「魔物を何匹倒したって意味ねぇ。国一つ潰す必要もねぇ」
「分かってる」
「レジーナの心臓を見つけて、奪って、帰る。それだけだ」
バルトが頷いた。
「俺もそう思う」
「だったら戦闘は最低限にする」
「できんのか?」
ジジが聞いた。
ガイアが睨む。
「お前がそれ聞く?」
「必要なら倒すだけだろ」
「だからお前を一人で行かせたくねぇんだよ」
ジジが止まった。
ガイアは地図から目を離さない。
「俺とお前なら、大抵の場所はどうにかなる」
「ああ」
「でも今回は、どうにかすりゃいいただの討伐依頼やダンジョンじゃねぇ」
王都から国境まで、指が地図の上を戻っていく。
「心臓を見つけても、そこで俺ら二人とも動けなくなったら終わりだ。
持って帰れなきゃ意味がねぇ」
ジジは返さなかった。
「それに、様子見て一回帰る、が簡単にできる距離じゃねぇだろ?」
「……分かってる」
「なら先に調べる。向こう着いてから考えるんじゃ遅ぇ」
バルトがガイアを見る。
「ガイア、何人必要だと考えてる?」
「まだ決めねぇ」
即答だった。
ジジが横を見る。
「決めないんか?」
「今人数決めてどうすんだよ。先に必要な役割だ」
ガイアは指を折る。
「まず、俺らが知らねぇ情報を持ってる奴」
バルトが自分を指した。
「俺か」
「お前は確定」
「勝手に決めんな」
「行かねぇの?」
「行くけどよ」
「じゃあ確定だろ」
ジジが小さく頷く。
「次」
「急かすな」
ガイアが地図を見る。
「長距離遠征になる。魔物との戦闘だけ考えて集めると詰む」
「何がいる?」
「暗所に強ぇ奴。足場が悪くても動ける奴。守りに回れる奴。それと――」
ガイアが一度言葉を止めた。
「指示聞ける奴」
ジジが顔を上げる。
「俺聞けるよ」
「昔の話してやろうか?」
「今は聞いてる」
「今はな」
バルトが吹き出した。
「そこは成長したよな、お前」
「何だよ」
「昔はガイアが右行けっつってんのに左行ってたからな」
「左の方が近かったんだよ」
「そういうとこだぞ」
ガイアが呆れた顔をする。
ジジは納得していない顔のまま、資料へ戻った。
「……ダンテのとこに二人いる」
ガイアが見る。
「誰だ?」
「マルセルとシーザー」
バルトも顔を上げた。
「黒蛇の時の?」
「ああ、一緒に殲滅作戦にいた」
「どうだった」
「いい動きしてた」
ガイアはそれ以上聞かなかった。
「じゃあ候補に入れとけ」
バルトがガイアを見る。
「それだけでいいのか?」
「こいつが実戦で見て言ってんならいい」
ジジが一瞬ガイアを見る。
ガイアはもう地図へ視線を戻していた。
「あとダンテにも話す」
バルトが言った。
「元プラチナだ。マルセルとシーザーってやつと一緒に来んだろ」
「呼んでくれ」
ガイアが答える。
「ただし、まだ出発日も決めんな」
「分かってる」
「それから――」
ガイアの指が、ギルハイムの北側で止まった。
「ここの情報、もう一回当たれねぇか」
「北?」
「ああ。二年前の報告、魔物を見た位置が全部南側に寄ってる」
バルトが資料を取り直す。
「……本当だな」
「北から入れって意味じゃねぇぞ。情報がねぇ理由が知りたい」
「調べる」
「あと水路」
「川か?」
「昔の地図でいい。上流と下流、それから橋の位置。
残ってるかどうかは現地で見る」
バルトが紙を引き寄せ、書き留めていく。
ジジは二人を見ていた。
「ガイア」
「何」
「やっぱお前慣れてるな」
ガイアが顔を上げる。
「百年以上冒険者やってんだぞ」
「俺十三年」
「張り合うな」
「別に張り合ってねぇよ」
「顔が張り合ってんだよ」
バルトが笑いながら資料をまとめる。
「じゃあ俺はダンテに連絡する。追加で北側と水路も当たる」
「頼む」
「お前らは?」
ガイアがジジを見る。
「お前はもう帰れよ、ルナの迎えそろそろだろ?」
ジジは壁の時計を見る。
「じゃあ行く」
資料から離れる。
扉へ向かいかけ、振り返った。
「バルト」
「ん?」
「ダンテにまだ全部言わなくていい」
バルトが眉を上げる。
「何でだ?」
「会って話す」
短く答える。
バルトは数秒ジジを見てから頷いた。
「分かった」
ジジが部屋を出ていく。
扉が閉まった。
残されたガイアは、もう一度古い地図へ目を落とした。
「……なあ、バルト」
「何だ」
「グリム、今どこいる?」
バルトの手が止まる。
「お前も同じこと考えたか」
ガイアが口の端を上げた。
「暗い場所に行くなら、あいつほど使える奴もいねぇだろ」
バルトも笑った。
「探してみる」
机の中央には、北の果てにある国の名が残っていた。
ギルハイム。
集めるべきものが、少しずつ形になり始めていた。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




