剣を取る日
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═
それから数日、ルナリスには大きな変化はなかった。
児童所へ通い、アグラディアのもとで同じ年頃の子供たちと過ごす。
帰宅すればジジと食事をし、眠る。
夜中に胸を押さえて起きることもなければ、
突然知らない場所のことを話し始めることもなかった。
「今日ね、お花の名前覚えた」
夕食の席でルナリスが言った。
「いくつ?」
「三個」
「名前は?」
「……」
少し間が空いた。
「忘れた」
ジジが箸を止める。
「覚えてねぇじゃん」
「児童所では覚えてた!」
「じゃあ二個は?」
「……」
「一個は?」
「……黄色いの」
「名前じゃねぇじゃん」
「明日は覚えてくるもん」
ルナリスが頬を膨らませる。
ジジはそのまま食事を続けた。
数日前までの胸騒ぎは少し落ち着いていた。
翌朝もルナリスはいつも通り児童所へ向かい、ジジはギルドへ出た。
その翌日も同じだった。
しかし、まだバルトから声がかかることはなかった。
——————————————————————
午後。
ギルド裏の鍛錬所には、木剣のぶつかる音が響いていた。
「止め」
ジジの声で二人の候補生が動きを止める。
片方の木剣は、相手の肩へ届く寸前だった。
「今のもう一回」
「はい」
二人が元の位置へ戻る。
「同じとこから」
「はい」
構える。
先に動いた候補生が距離を詰めた。
一撃目。
受けられる。
すぐに二撃目へ繋ぐ。
「そこ」
ジジが言った。
二人が止まる。
「今、足止まった」
「……はい」
「一発目受けられた時点で次考えて。止まってから考えたら遅い」
「はい」
「もう一回」
再び木剣が動く。
今度は一撃目を受けられた直後、候補生の身体が横へ流れた。
相手の木剣が空を切る。
「それでいい」
「はい!」
ジジは隣の組へ移った。
午後の指導は普段と変わらなかった。
一人ずつ動きを見て、必要なところだけ止める。
同じ失敗が続けばもう一度やらせる。
しばらくして、ジジが壁際の時計を見る。
「一回終わり。水飲んだら自主練」
「はい!」
候補生たちが散っていく。
ジジはその場に残り、何組かが再び木剣を構えるのを眺めていた。
やがて踵を返す。
向かったのは、いつも自分の荷物を置いている場所だった。
そこには一本の長剣がある。
ジジは鞘ごと手に取った。
腰へ差す。
柄を握り、抜いた。
澄んだ金属音が響く。
自主練を始めようとしていた候補生の何人かが振り向いた。
ジジは何も言わない。
鍛錬所の空いている場所へ移動する。
長剣を片手に立った。
数秒。
踏み込んだ。
長剣が横薙ぎに走る。
振り切る前に身体の向きが変わった。
一歩。
刃が返る。
さらに踏み込み、その勢いのまま低く身体を落とす。
止まらない。
次の瞬間には別の方向へ出ていた。
長剣が空を裂く。
候補生の一人が、自分の木剣を下ろしかけた。
ジジの顔がそちらを向く。
「自主練」
「はい!」
慌てて構え直す。
その隣にいた候補生も、何も言われていないのに前を向いた。
ジジは長剣を下ろした。
一度、最初に立っていた場所へ戻る。
再び構える。
今度は先ほどと違う方向へ踏み込んだ。
斬る。
身体を返す。
剣を引く。
そこから間を置かず、もう一度前へ出る。
数度繰り返したところで止まった。
長剣を見る。
握りを変える。
もう一度。
型を繰り返しているわけではなかった。
同じ動きはほとんどない。
距離を変え、踏み込む方向を変え、時には途中で動きを切る。
何かを確かめるように、短い動作を重ねていく。
——————————————————————
少し離れたギルドの窓から、その姿を見ている者がいた。
「……珍しい」
マーサだった。
手にしていた書類を机へ置く。
窓の向こうでは、ジジが再び長剣を構えている。
受付から鍛錬所は見慣れた景色だった。
候補生に木剣を持たせ、ジジがその間を歩いている姿なら毎日のように見る。
だが今日は違った。
自分の長剣を抜いている。
「マーサ?」
隣から呼ばれて顔を戻す。
「何?」
「これ、確認お願いします」
「ああ、ごめん」
差し出された書類を受け取る。
一枚目を見る。
印をつける。
二枚目へ。
そこでまた金属音が聞こえた。
マーサの目が窓へ向く。
ジジはまだ続けていた。
「……何かあったのかしら」
「え?」
「ううん。何でもない」
書類へ目を戻した。
——————————————————————
長剣が鞘へ収まる。
ジジは水を一口飲んだ。
「教官」
呼ばれて振り返る。
候補生が木剣を構えて待っていた。
「ここ、見てもらってもいいですか」
「ん」
ジジは長剣を置き、そちらへ歩いていった。
「やって」
「はい!」
候補生が動く。
ジジは黙って見ていた。
「もう一回」
「はい」
二度目。
「今の方がいい」
「ありがとうございます!」
「でも剣先下がってる」
「あ……」
「疲れると下がる癖あるから気ぃつけろ」
「はい!」
ジジは次の候補生へ呼ばれた。
いつもの午後に戻っていく。
その日の終わりにも、バルトから声はかからなかった。
——————————————————————
翌日、昼前。
ギルドの受付で書類を整理していたジジの前に、一枚の紙が置かれた。
顔を上げる。
バルトが立っていた。
「何これ」
「最後の返事」
ジジの手が止まる。
バルトは周囲へ一度目を向けた。
「上来い」
「揃った?」
「ああ」
ジジが立ち上がった。
その様子を少し離れたカウンターからマーサが見ている。
「ジジ」
「何」
「午後の鍛錬所ヴェルナーに代わってもらう?」
「そうだな」
「ガイアも呼んでこい」
ジジがバルトを見る。
「今から?」
「一緒に見た方が早ぇ。どうせあいつドーラんとこで昼飯でも食ってんだろ」
「行ってくる」
ジジは机の上の書類をまとめると、そのままギルドを出ていった。
マーサの視線が扉まで追う。
バルトが二階へ戻ろうとする。
「バルト」
「ん?」
「何かあった?」
足が止まった。
「なんでだ?」
「別に」
マーサは手元の帳簿へ視線を落とした。
「昨日、ジジが自分の長剣で鍛錬してたから」
バルトが僅かに眉を上げる。
「珍しいなと思っただけ」
「……そうか」
「何?」
「いや」
バルトはそれ以上言わなかった。
「俺の仕事少し頼むかもしれん」
「分かった」
二階へ上がっていく背中を、マーサは一度だけ見た。
やがて帳簿へ目を戻した。
しばらくして、ギルドの扉が開いた。
先に入ってきたのはジジだった。
その後ろからガイアが続く。
「もう話は聞いたのか?」
「いや、お前来てからって」
「そうか」
ガイアが受付を通り過ぎる。
マーサが顔を上げた。
一瞬だけガイアと目が合う。
「よ。バルト上いんの?」
「いるわよ」
二人が階段へ向かう。
マーサはその背中を見送った。
昨日の長剣。
今日のバルト。
そしてガイア。
何かが動いている。
それだけはすぐに分かった。
——————————————————————
ギルドマスター室の扉を開けると、
机の上にはすでに大量の資料が広げられていた。
地図。
報告書。
古い記録。
封蝋の違う書簡がいくつも重なっている。
ガイアが入った途端、その量を見て眉を寄せた。
「……随分集めたな」
「六国全部に回したからな」
バルトが椅子から立つ。
ジジは机へ近づいた。
ガイアが隣から地図を覗き込む。
「一番新しい情報は?」
バルトが一枚の報告書を抜いた。
「周辺だけなら二年前」
「内部は?」
「……そこから一気に古くなる」
ガイアの表情が変わった。
ジジは何も言わず、机上の地図へ視線を落とした。
北方。
六国から遠く離れた場所に、その国はあった。
バルトが指を置く。
「ギルハイム」
二人の視線が集まる。
「分かってることから話す」
バルトが資料を開いた。
報告を待つ時間は、終わった。
═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═
お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




