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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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112/144

残された心臓

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

ルナが起きたのは、その夜二回だった。

一度目は、日付が変わって少し経った頃。


「ジジ……」


隣から小さな声がして、ジジはすぐに目を開けた。


「ん?」


「……いる?」


「いるよ」


伸びてきた小さな手を掴む。

それだけで安心したのか、ルナはジジの腕に身体を寄せると、

しばらくしてまた眠った。


二度目は明け方だった。


今度は何も言わなかった。

ただ眠ったまま胸元を掴み、浅く息をしていた。


「ルナ」


身体を起こして背中を撫でる。


「大丈夫?」


何度か呼ぶと、やがて呼吸は落ち着いた。

それでもジジは、そのあと眠れなかった。

昨日までなら、少し待てば治まると思えた。


今は違う。


――ジジを傷つけたらどうしよう。


聞かなければよかったとは思わない。

ただ、頭から離れなかった。


朝になり、ルナが目を覚ます頃には、ジジはいつも通りの顔に戻っていた。


「おはよ、ジジ」


「おはよ」


「ガイアいるの?」


「いる」


「ルナおはよ」


台所から声が飛んできた。

昨夜、そのまま泊まったガイアは、勝手知ったる様子で水を飲んでいる。


「なんでガイアいるの?」


「今日一緒にレグラスのとこ行く」


「そうなんだ」


ルナはそれだけ言うと、ベッドから降りた。


昨夜何があったのかは知らない。

ガイアも何も言わなかった。

ジジも言わなかった。


三人で簡単に朝食を済ませ、家を出た。


向かったのは、エルフ居住区だった。

境界が近づいたところで、ガイアの歩みが少しだけ遅くなる。


「……」


「何」


「いや」


ガイアは前方を見た。


結界は目には見えない。

だが、そこにあるものははっきり分かる。


「……改めて入るとなると、俺入れんのか?」


ジジが振り向いた。


「なんで」


「これ強くしただろ?」


「だな」


「弾かれたらどうすんだよ」


「痛いのか?」


「知らねぇよ。こんな結界入ったことねぇよ」


ガイアが警戒しながら一歩進む。

何も起きなかった。


もう一歩。

やはり何も起きない。


「……入れた」


「よかったじゃん」


「お前ほんっと適当だな」


「ガイア、入れたね!」


「入れたな」


ルナだけが嬉しそうだった。


児童所へ着くと、アグラディアが入口で待っていた。


「おはよう、ルナリス」


「アグラディア!」


「昨日はちゃんと眠れた?」


「二回起きた」


「そっか」


アグラディアの視線がジジへ向く。


「動悸?」


「二回目は多分。胸押さえてた」


「……分かった」


そこでアグラディアがガイアを見る。


「あれ。今日はガイアも一緒なんだ」


「よ」


「父上は奥にいるよ」


案内された部屋には、すでにレグラスがいた。

椅子に腰掛けていたレグラスが顔を上げる。


その碧色の目が、ジジ。

ルナ。

そして――ガイアで止まった。


「……」


数秒目が合う。


「……レグラス・ルシーダ?」


ジジが二人を見る。


「そうだ」


レグラスは一言だけ発した。

ガイアは何も言わなかった。


「座れ」


四人が席につく。


ルナはジジの隣だった。


レグラスが口を開いた。


「ここ数日、ルナリスの力の発現が増えているそうだな」


「ああ」


「千里眼だけではない。精霊の反応も増えている」


アグラディアが続ける。


「火、水、それから千里眼。

 どれもルナリス自身が意図して起こしたものじゃない」


「……そうか」


「それに動悸も増えてる」


ジジの手が膝の上で僅かに握られた。


「何が起きてんの」


アグラディアがレグラスを見る。


「僕も調べた。でも、能力が発現しているだけなら、

 ここまで身体に負担が出るのは少しおかしい」


「じゃあ何」


「精霊の核そのものが、安定していない可能性がある」


ジジの眉が寄った。


「核?」


「精霊との関わりに影響する、身体の中心みたいなものだと思ってくれていいよ」


「それがルナの中にあんのか?」


「ある。エルフなら誰でもね。

 ただ、核があることと、精霊の力を扱えることは別だよ」


レグラスが静かに続けた。


「レジーナもそうだった」


部屋が静かになる。

ガイアが僅かに視線を動かした。


「先日、姉はハイファーの手によって命を落としたと話したな」


「ああ、聞いた」


「あれは事実だ」


レグラスはしばらく黙っていた。


「だが、話していないことがある」


ジジが顔を上げる。


「姉の心臓は、失われていない」


「……心臓?」


「今も残っている」


ガイアの表情が変わった。

ジジは数秒、言葉の意味を考えるようにレグラスを見ていた。


「……どこに?」


「ギルハイム王国だ」


今度はジジとガイアが同時に反応した。


「ギルハイム?」


「あそこ、魔物によって堕ちた国だろ」


ガイアが低く言う。


「六国のギルドじゃ危険地域になってる。

 なんでそんなとこにレジーナの心臓があんだよ」


二人とも名前は知っていた。


冒険者なら、一度は聞く。

六国から遠く離れた北方。

かつて一つの王国だった場所。


今では魔物の国と呼ばれる、

六国の冒険者ギルドが共通して危険地域に指定している土地。


だが、遠い。

六国内で通常受ける依頼に、その名が出ることはほとんどなかった。


「ハイファーが持ち去った」


レグラスが答えた。


「レジーナの心臓には、死後も精霊の核が残った」


「……それがまだギルハイムに?」


「ああ」


ジジは黙った。

そしてすぐに顔を上げた。


「それ、取り戻せばルナは治るのか?」


レグラスは即答しなかった。


「分からない」


「……」


「レジーナの核とルナリスの核を共鳴させることで、

 安定させられる可能性がある。それ以上は、私にも断言できない」


「可能性はあるんだな」


「ゼロではない」


「じゃあなんで今まで取り戻さなかったんだよ」


真っ直ぐな問いだった。

レグラスは怒ることもなく受け止めた。


「何もしなかったわけではない」


その声が僅かに低くなる。


「姉を失った後、私は心臓の行方を追った。

 だが、所在を突き止めるまでに時間がかかった」


レグラスはそこで言葉を切った。


「そして分かった頃には、私はルシーダ家の当主だった」


ジジが黙って聞いている。


「今の私は六国をまとめる議長でもある。

 私がギルハイムへ踏み込めば、

 姉の心臓を取り戻しに行った一人の弟では済まない」


ガイアが静かに聞いていた。


「六国がギルハイムへ刃を向けたと受け取られる」


「……戦争になるってことか?」


「可能性はある」


レグラスの目が伏せられる。


「私一人の命で済むのなら、とっくに行っている」


誰も何も言わなかった。


「だが姉は戻らない。

 そのために、姉が望んだ世界を再び争いへ巻き込むことはできなかった」


レジーナが求めたもの。


――人間とエルフが共に暮らせる世界――


そのためにレグラスが何をしてきたのかを、ジジはもう知っていた。


「……でも今はルナがいる」


「ああ」


レグラスがルナを見る。


「だから話した」


ジジは少し俯いた。

数秒だった。


「俺、行く」


「ジジ」


声を挟んだのはガイアだった。

ジジが振り向く。


「何」


「俺も行く」


「……ガイア」


「ただ」


ガイアは腕を組んだ。


「二人だけで行くのは少し危険が高い」


「俺とお前でも?」


「戦うだけならどうにかなるかもしんねぇ」


ジジが黙る。


「でも、俺たちは魔物を倒しに行くんじゃねぇだろ」


ガイアがレグラスを見る。


「レジーナの心臓だけ取り戻して、ここまで持って帰る。それが目的だ」


「そうだ」


「なら頭使わねぇと」


「……」


「ギルハイムが今どうなってんのか、俺たちは知らねぇ。

 距離だってある。行って駄目でした、で帰ってこれねぇぞ」


ジジは少し考えた。


「じゃあどうする」


「バルトに聞く」


「バルト?」


「あいつはギルドマスターだ。六国のギルドで共有してる情報も見られる。

 俺たちよりギルハイムのこと知ってるはずだ」


ガイアが椅子から立ち上がる。


「この話、バルトにも相談させてくれ」


ジジはレグラスを見る。

レグラスは静かに頷いた。


「構わない」


「じゃあ決まりだ」


ガイアがジジを見る。


「勝手に先行くなよ」


「行かない」


「ほんとか?」


「多分」


「おい」


ルナが小さく笑った。


その声を聞いて、ジジは隣に座る白い頭へ手を置いた。


何が待っているのかも分からない。

それでも昨日までとは違う。


行くべき場所が、初めて見えた。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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