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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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111/144

頼ってこい

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

その夜。

ジジはルナリスを寝かしつけていた。


「ジジ」


「何」


「手」


布団の中から、ルナリスが手を伸ばした。

ジジはその手を握る。


「これなら大丈夫」


「……何が」


「なんでもない」


「そうか。先寝てろ」


「うん」


しばらくすると、ルナリスの寝息が聞こえ始めた。

ジジは握ったままだった手をゆっくり離す。


――ルナがジジ怪我させたら、怖い。


夕方、児童所で聞いた言葉が耳に残っていた。


布団を掛け直し、部屋を出る。

居間へ向かうと、棚から酒瓶を取り出した。


器へ注ぎ、一口飲む。

机の端には、ここ数日アグラディアから借りた本が積まれていた。


もう一口。

その時、玄関を叩く音がした。


「……誰」


返事はない。

もう一度、扉が鳴る。


ジジは器を置いて立ち上がった。


玄関まで歩き、扉へ手を掛ける。

開いた隙間から夜の空気が入り込んだ。


その中に、甘い香りが混じる。

張っていた肩から、僅かに力が抜けた。


「よ」


ガイアが立っていた。


「……何してんの」


「遊び来た」


「今から?」


「起きてんじゃねぇか」


「まあ」


ガイアが中へ入る。


「ルナは?」


「寝た」


「そっか」


居間へ入ったガイアが、机を見て足を止めた。


酒瓶と器。

その横に積み上がった本。


「……お前、一人で飲んでんの?」


「ああ」


「珍し」


「そうか?」


「珍しいだろ」


「……そうかも、な」


ジジが椅子へ戻る。

ガイアは向かいへ座ると、酒ではなくジジを見た。


「なんかあったか?」


「……」


「ルナ?」


器を持つ手が止まった。


「何があった」


ジジはしばらく黙っていた。


「……ルナの母親、分かった」


「母親?」


「ああ」


ガイアの表情が変わる。


「誰だった?」


「レジーナ」


「……は?」


ジジが顔を上げる。


「お前も知ってんのか?」


「知ってるって……お前」


ガイアが眉を寄せた。


「レジーナ・ルシーダだよな?」


「うん」


「精霊の守護神の?」


「そう」


「……ちょっと待て」


ガイアが椅子へ座り直す。


「ルナが、レジーナの娘?」


「そう」


「誰から聞いた」


「レグラス」


「……レグラス?」


「レジーナの弟なんだと」


今度こそ、ガイアが黙った。


「……あのレグラスが?」


「そ」


「じゃあルナ、あいつの姪かよ」


「そうなる」


「……マジか」


ガイアが長く息を吐いた。


エルフであれば、レジーナの名を知らない者の方が少ない。

伝承の中で語られるような存在だ。


「それ、いつ分かった」


「少し前」


「何で分かったんだ?」


ジジは、レグラスから聞いた話を簡単に伝えた。


レジーナが千里眼を持っていたこと。

精霊を纏うのではなく、どんな精霊とも共鳴できたこと。

共鳴した時、白い髪が碧色へ変わったこと。

ルナリスの入っていた籠に、月下美人が入っていたこと。

そして、マリアとレジーナが手紙を交わしていたこと。


「……それで断定したのか」


「ああ」


「まあ……そこまで揃ってんならな」


ガイアが腕を組む。


「じゃあ、ルナの髪が変わるのも」


「レジーナと同じ」


「千里眼もか」


「レジーナも持ってたって」


「……そういうことか」


ガイアの表情が険しくなる。


「でも、それだけじゃない」


「まだあんのかよ」


「今後、どんな力が出るか分かんないって言われた」


「……」


「で、本当に色々出てきてる」


ジジがここ数日のことを話した。


触れた水が凍った。

近くにあった火が突然大きくなった。

千里眼も、見ようとしていないのに勝手に発現する。


「知らない大人が子供叩いてんの見えたらしい」


「……どこの話?」


「分かんねぇ」


「ルナも?」


「知らない場所だったって」


ジジは器へ視線を落とした。


「見たくないのに消えなくて、泣いたって」


「……」


「力が発現すると動悸が出る」


「大丈夫なのかよ」


「シャイアが診てる。今んとこ心臓自体には変なとこないって」


「アグラディアは?」


「調べてる」


「そうか」


それきり、ガイアはしばらく何も言わなかった。

ジジが酒を飲む。


「……それで一人で飲んでたのか」


「別に」


「別にじゃねぇだろ」


「寝れなかっただけ」


「最近寝てねぇの?」


「寝てる」


「その顔で言うな」


「……」


「夜も動悸出んのか?」


「出る」


「何回?」


「二回とか三回とか」


「そのたび起きてんだろ」


「隣で寝てんだから起きるだろ」


ガイアが眉を寄せた。


「お前も結構きてんな」


「平気」


「平気な奴がこんな時間に一人で酒飲むかよ」


ジジは返さなかった。


酒瓶へ手を伸ばす。

ガイアがその前に瓶を取った。


「もういいだろ」


「何でだよ」


「飲みすぎ」


「別に酔ってない」


「酔うまで飲む気だったのかよ」


ジジは面倒そうに息を吐き、椅子へ背中を預けた。


「……今日さ」


「ん?」


「ルナとアグラディアが話してんの聞いた」


ガイアは酒瓶を置いた。


「何て?」


「自分の力、怖いって」


「……」


「火がまた出て、俺に怪我させたらどうしようって」


ジジの視線が落ちる。


「帰る時も、手ぇ出したら一回止まった」


「ルナが?」


「ああ」


「……そっか」


「結局、俺から掴んだけど」


「…」


「今までそんなことなかったのに」


静かな声だった。


「俺の事怖いとかなら別にいいんだよ」


ガイアは黙っている。


「でもルナが、自分のこと怖がってる……」


言葉が途切れた。


「俺、どうしたらいいのかわかんねぇ」


ガイアがジジを見る。


「足は治ったんだよ」


「ん」


「あとは目だけだと思ってた」


「……そうだな」


「時間かかっても、治す方法探せばいいと思ってた。

 千里眼も少しずつ慣れるのかと思った。」


机の上の本へ視線が落ちる。


「何かあったら、その時考えればいいと思ってたけど…」


「…けど?」


「今回は、何すりゃいいのか分かんねぇ」


「……」


指先が器の縁に触れる。


「毎日分からねぇこと増えるし」


「……」


「ルナも怖がってるし」


ジジは俯いた。


「俺から離れようとするし」


ガイアは何も言わなかった。


「……俺」


ジジは片手で目元を隠す。

声が僅かに掠れた。


「なんもルナにしてあげらんねぇ」


一滴だけ、涙が頬を伝った。


ガイアの表情が変わった。


椅子を引きジジの隣へ移り、ジジの肩を自分の肩に寄せた。


「……ガイア?」


「いいから」


ジジの頭へ手を置く。


ゆっくりと撫でる。

ジジは一瞬だけガイアを見た。


何も言わなかった。

ガイアも何も言わなかった。


もう一度、頭を撫でる。

やがてジジの身体から少しずつ力が抜けた。

頭が、ガイアの肩へ預けられる。


——————————————————————


六国唯一のオリハルコン。

何があっても平然として、

誰かに助けを求めるところなどほとんど見たことがない。


けれど、今こうして隣にいるのは。


ただの二十八歳の人間の男なんだな、と。


ガイアは初めて思った。


やっと見つけた大切な家族。

自分ではどうにもできないことがどんどん起こる。

その度どうすればいいのか分からなくなって。

何もできない自分を責めている。


それでも今まで、一人でどうにかしようとしていた。


ガイアは何も言わず、もう一度その頭を撫でた。


——————————————————————


「……ガイア」


「ん」


「お前の匂いで…落ち着いた」


ガイアの手が止まりかけた。


「……は?」


「やっぱり、安心する」


「……じゃあ嗅いどけ」


再び頭を撫でる。


その時。


ガイアの胸の奥が、妙に強く鳴った。

僅かに眉を寄せた。


「何」


「いや」


「?」


「何でもねぇ」


ジジは目を閉じた。

肩に預けられた重みは、そのままだった。


「今日、レグラス来たんだ」


「さっき言ってたな」


「明日、話したいことあるって」


「いつ?」


「午前中」


「分かった」


「何が」


「俺も行く」


ジジが顔を上げる。


「……いいのか?」


「いい」


「ルナの話だぞ」


「分かってる」


ガイアの返事に迷いはなかった。


「このまま泊まる」


「え」


「朝また来んの面倒だろ」


「……そうだけど」


「一緒に行く」


少し間があった。


「……分かった」


「それとな」


「何」


「何かあれば頼ってこい」


ジジがガイアを見る。


「お前、何でも一人でやろうとすんだろ」


「別に」


「する」


「……」


「一人でどうにもなんねぇなら、俺使えばいい」


ガイアがまた、頭を軽く撫でた。


「な?」


ジジは少し黙った。


「……ありがと」


「よし」


しばらくそのままでいたあと、ガイアがジジの肩を軽く押した。


「ほら。お前ももう寝ろよ」


「まだ寝れない」


「寝れなくても横になっとけ」


「ルナが」


「俺いるだろ」


「……」


「何かあったら起こす。今日はお前寝ろ」


ジジはしばらく動かなかった。

やがて、小さく息を吐く。


「……ありがと」


立ち上がり、寝室へ向かう。


「ジジ」


「ん」


「ちゃんと寝ろよ」


「分かってる」


「お前の分かってるは信用ならねぇ」


「うるせぇ」


それだけ返して、ジジは寝室へ入った。

扉が静かに閉まる。


居間にガイアだけが残った。


しばらく扉を見ていたが、やがて椅子へ座り直す。

机の上には、ジジが残した酒。

ガイアは器を手に取った。


一口飲む。


静かな夜だった。


ガイアは何気なく、自分の肩へ視線を落とした。

少し前まで、そこにジジの頭があった。


『お前の匂いで…落ち着いた』


「……」


ガイアは胸元へ手を当てる。


酒をもう一口。

酔うような量ではない。


それなのに、さっきから妙に心臓がうるさい。


ジジが泣いた姿を見たのは初めてだった。

素直に「ありがとう」と返されたのも。


ガイアは器の中の酒を眺めた。


「……なんだ、これ」


答えは出なかった。

残っていた酒を飲み干し、器を机へ戻す。


ガイアは椅子へ深く背を預けた。

寝室の向こうは、静かなままだった。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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