出来ることが増えた
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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あの日から数日が経った。
少し前から始まった生活が、また戻ってきた。
ただ。
以前とまったく同じではなかった。
「アグラディア」
「何?」
「今日もいるね」
児童所の庭。
ルナリスが言うと、少し離れたところで本を開いていたアグラディアが顔を上げた。
「僕は児童所の所長なんだから、いるよ」
「前よりいる」
「そうかな」
「いるよ」
「気のせいじゃない?」
「気のせいじゃないよ」
アグラディアが笑った。
「じゃあ、最近真面目に仕事してるってことにしておいて」
「前は真面目じゃなかったの?」
「……そういう意味じゃないよ」
近くにいたララノアが小さく笑った。
「ルナリスには敵わないわね」
「ほんとだね」
アグラディアはそう言って、また本へ目を落とした。
けれど。
少し経つと、また顔を上げる。
視線の先にはルナリスがいた。
レジーナ・ルシーダの娘。
そして。
自分の従妹。
その事実には、まだアグラディア自身も慣れていなかった。
「ララノア、今日は何?」
「そうね……」
ララノアが庭を見渡す。
あの日、一斉に花開いた植物も、
今ではほとんどが元の静けさを取り戻している。
月下美人もすでに花を閉じていた。
ララノアは一つの鉢の前でしゃがんだ。
「今日はこの子を見てみましょうか」
「どの子?」
「こっちよ」
声を頼りに、ルナリスが歩いていく。
歩き方も随分安定してきた。
まだ慎重ではあるが、児童所の庭くらいなら一人でも歩けるようになった。
ララノアの隣へしゃがむ。
「お花?」
「ええ。でも、少し元気がないの」
「元気ない?」
ルナリスが手を伸ばす。
ララノアがその手を葉へ導いた。
「触ってみて」
「……やわらかい」
「本当はもう少ししっかりしてるのよ」
「どうしたの?」
「少し弱ってるみたい」
ルナリスが両手で葉をそっと挟む。
「痛いのかな」
「どうかしら」
「お水?」
「お水はちゃんとあげてるわ」
「お腹すいてる?」
「植物はご飯を食べないの」
「知ってるよ」
「じゃあ聞かないの」
ルナリスが笑った。
「元気になる?」
「ちゃんとお世話してあげればね」
「そっか」
指先で葉を撫でる。
「元気になってほしいな」
その瞬間。
アグラディアが顔を上げた。
風。
ほんの僅かだった。
ルナリスの白い髪が揺れる。
「……ルナリス」
アグラディアが立ち上がる。
ララノアも気づいた。
「アグラディア」
「うん」
ルナリスだけが気づいていない。
「元気になってね」
葉へ話しかける。
その髪の一部。
耳の近くを流れる一房だけに、碧色が混じった。
アグラディアがすぐそばまで来る。
「ルナリス」
「何?」
「今、何してる?」
「お花触ってる」
「それだけ?」
「うん」
ルナリスの手の中で。
萎れていた葉が、ゆっくりと起き上がった。
ララノアが息を呑む。
茎が伸びる。
先端にあった小さな蕾が膨らむ。
そして。
一輪だけ。
花が開いた。
「……」
アグラディアとララノアが黙る。
「どうしたの?」
ルナリスが聞く。
ララノアが花を見る。
「咲いたわ」
「え?」
「お花」
「ほんと!?」
ルナリスの顔が明るくなる。
「元気になった?」
「……ええ」
「やった!」
嬉しそうに笑った、その直後。
ルナリスが胸へ手を当てた。
「……あれ」
アグラディアの表情が変わる。
「どうした?」
「ドキドキする」
すぐにしゃがみ、首筋へ指を当てる。
速い。
「苦しい?」
「ううん」
「痛くない?」
「痛くない」
「気持ち悪くは?」
「大丈夫」
髪を見る。
碧色になっていた一房は、すでに白へ戻り始めている。
「少し座ろう」
「歩けるよ?」
「分かってる。でも座ってよう」
「はーい」
近くの椅子まで連れていく。
アグラディアはもう一度脈を確認した。
しばらく待つ。
少しずつ。
心拍が落ち着いていく。
「……どう?」
「もうあんまりドキドキしない」
「そっか」
アグラディアが息を吐く。
「今日はもう植物は終わりにしよう」
「なんで?」
「念のため」
「ルナ元気だよ」
「元気でも」
「お花も元気になったよ」
「そうだね」
ルナリスは嬉しそうだった。
怖がってはいない。
自分が何をしたのかも、よく分かっていないのだろう。
ただ。
弱っていた花が元気になった。
それが嬉しい。
「ルナ、お花治せるのかな」
「まだ分からないよ」
「またやってみたい」
「それは駄目」
珍しく強い言葉が出た。
ルナリスがきょとんとする。
アグラディアはすぐに声を和らげた。
「今はね」
「なんで?」
「ルナリスが倒れたら困るから」
「今日は倒れてないよ」
「今日はね」
「じゃあ大丈夫」
「そういうことじゃないんだけどな……」
アグラディアが困ったように笑う。
「とにかく、今日はここまで」
「はーい」
返事は素直だった。
その横で。
ララノアは、一輪だけ咲いた花をじっと見つめていた。
——————————————————————
午後。
「もう一回」
シャイアに言われ、ルナリスが診察台の上で大きく息を吸う。
「すー」
「吐いて」
「はー」
シャイアが胸へ耳を当てる。
「もういいわよ」
「終わり?」
「まだ」
「えー」
「文句言わないの」
アグラディアはその横で、午前中の出来事を説明していた。
「髪は?」
「一部だけ碧色になった」
「前みたいに全部じゃないのね」
「うん。ほんの一房だけ」
「植物は?」
「弱ってた花が一輪咲いた。
ララノアによると、今日咲くような状態ではなかったみたい」
シャイアがルナリスの脈を取る。
「そのあと動悸?」
「すぐに」
「どれくらい続いた?」
「長くはないよ。数分くらい」
「意識は?」
「ずっとはっきりしてた」
シャイアが頷く。
「今は問題なさそうね」
「ルナ元気!」
「分かってるわ」
「歩く練習する?」
「今日は軽くにしましょう」
「いっぱいできるよ」
「軽く」
「はーい」
アグラディアが少し笑った。
だが。
シャイアと視線が合う。
二人とも、笑ってはいなかった。
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夕方。
鍛錬所の仕事を終えたジジが診療所へ来た。
「ジジ!」
声を聞いたルナリスがすぐに立ち上がる。
「走んなよ」
「走ってない!」
「今走ろうとしたじゃねぇか」
「歩こうとしただけ」
「ほんとかよ」
「ほんと」
ジジのところまで歩いてくる。
「今日ね、お花元気にした!」
「……何?」
ジジがアグラディアを見る。
その顔だけで何かを察したらしい。
「何かあったのか?」
「うん」
「倒れた?」
最初に出た言葉だった。
「倒れてないよ」
「苦しくなった?」
「少し脈が速くなった。でもすぐ落ち着いた」
「髪は?」
「一部だけ碧色になった」
ジジの眉が寄る。
「また?」
「そう」
「何したんだ?」
「弱ってた花に、元気になってほしいって思ったみたい」
「それで?」
「花が咲いた」
ジジは黙った。
「今は身体に異常はないわ」
シャイアが言う。
「本当に?」
「ええ。脈も正常。本人も元気よ」
「元気!」
ルナリスが横から言う。
「ルナは黙ってて」
「なんで!」
「今シャイアに聞いてるから」
「ルナの身体なのに」
「それはそうだけど」
アグラディアが笑う。
ジジは少しだけ息を吐いた。
「……帰っていい?」
「今日はいいわ。ただし、また動悸が出たら安静にして」
「わかった」
「長く続いたり、苦しそうならすぐ連れてきて」
「分かった」
ジジがルナリスの手を取る。
「帰るぞ」
「うん!」
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帰り道。
ルナリスはずっと機嫌がよかった。
「ジジ」
「ん」
「お花ね、元気なかったの」
「聞いた」
「ルナが元気になってって思ったら咲いた!」
「らしいな」
「すごい?」
一瞬。
ジジの返事が遅れた。
「……すごいな」
「でしょ!」
嬉しそうに笑う。
「ルナ、お花とお話できるようになるかな」
「どうだろ」
「できたら、元気ない時分かるよ」
「そうだな」
「そしたらララノアのお手伝いできる」
ルナリスは楽しそうだった。
その横で。
ジジは繋いだ手を見る。
――ルナリスが、どこまで姉の力を受け継いでいるのか。
――今の段階では、誰にも分からない。
レグラスの言葉が残っている。
「ジジ?」
「ん」
「聞いてる?」
「聞いてるよ」
「じゃあ何の話してた?」
「……花」
「聞いてない!」
「聞いてるって」
「聞いてないよ!」
ルナリスが頬を膨らませる。
ジジは少し笑った。
「ごめんって」
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夜。
夕食を食べ、ルナリスが眠ったあと。
ジジは今でギルドの書類を見ていた。
いつも通りの夜だった。
何も起きなかった。
少なくとも。
そう思っていた。
どれくらい経った頃か。
「……ジジ」
小さな声。
すぐにルナリスのところへ行った。
「ルナ?」
寝台の上で。
ルナリスが起きていた。
「どうした?」
「……ジジ」
「なに?」
そばへ行く。
「怖い夢?」
首を振る。
「違う」
「どっか痛い?」
「痛くない」
「じゃあ何?」
ルナリスが胸へ手を当てた。
「ドキドキする」
ジジの顔が変わった。
すぐに手首を取る。
脈。
速い。
昼間の話が頭を過る。
「何かした?」
「してない」
「花?」
「ないよ」
「何か見ようとした?」
「してない」
ジジはルナリスの髪を見る。
白い。
風もない。
植物もない。
何も起きていない。
それなのに。
ルナリスの心臓だけが。
速く脈打っている。
「……ジジ?」
不安そうな声。
ジジはすぐに表情を戻した。
「大丈夫」
「ほんと?」
「ああ」
ルナリスの側で横になった。
「ここにいるから」
「寝るまで?」
「寝たあとも」
「ほんと?」
「ほんと」
ルナリスが少し安心したように横になる。
ジジはその手を握った。
まだ速い。
何もしていないのに。
どうして。
答えは分からなかった。
ただ、できることが増えるたびに。
ジジには分からないことも増えていった。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




