碧の髪を知る者
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═
ルナリスは、まだ眠っていた。
児童所の長椅子に横になり、白い髪を広げている。
先ほどまで速かった脈は、少しずつ落ち着いてきていた。
シャイアは何度目かの確認を終えると、ルナリスの手をそっと毛布の中へ戻した。
「脈はだいぶ落ち着いたわ」
ジジは長椅子の横に座ったまま、ルナリスの顔を見る。
「まだ起きないけど」
「身体が疲れてるんだと思う。呼吸も安定してるし、今は眠らせてあげましょう」
「……ああ」
返事をしながらも、ジジはルナリスの手を離さなかった。
少し離れたところでは、ララノアが庭を見ていた。
季節も開花時期も関係なく咲いた花々。
その中には、真昼に開いた月下美人もある。
アグラディアも同じものを見ていた。
しばらく黙っていたが、やがて本を閉じる。
「僕、父上に報告してくる」
ジジが顔を上げた。
「レグラスに?」
「ああ」
「何で?」
「確認したいことがある」
「何を?」
アグラディアは少しだけ考えた。
「まだ分からない。だから確認してくるよ」
「……そうか」
「すぐ戻る」
アグラディアが児童所を出ていく。
ジジはその背中を見送ってから、もう一度ルナリスへ視線を戻した。
確認したいこと。
何を確認するのかは分からない。
ただ。
アグラディアも、シャイアも、ララノアも。
ルナリスの髪が碧色になったと聞いた時から、何かがおかしかった。
「……」
ジジは考えるのをやめた。
分からないことを考えても仕方がない。
今はルナリスが起きるのを待つしかなかった。
そのまましばらく経った頃。
握っていた小さな指が動いた。
「……」
ジジが顔を上げる。
「ルナ?」
白い睫毛が僅かに動く。
「……ジジ?」
「いるよ」
「来た?」
「来た」
ルナリスが少しだけ笑った。
「よかった」
「気持ち悪くないか?」
「大丈夫」
「頭痛い?」
「痛くない」
「胸は?」
ルナリスが少し考える。
「まだちょっとドキドキする」
ジジがシャイアを見る。
すぐそばにいたシャイアがルナリスの手首へ指を当てた。
「さっきよりずっとゆっくりになってるわ。苦しくない?」
「うん」
「何か変だったらすぐ言ってね」
「分かった」
シャイアが離れる。
ルナリスはぼんやりしたまま、ジジの手を握った。
「ジジ」
「ん」
「お花ね」
「ああ」
「見えたよ」
ジジが少し黙る。
「月下美人?」
「うん」
「どんなだった?」
「白かった」
「そっか」
「すっごく大きくって…」
「――きれいだった」
ルナリスの声は嬉しそうだった。
ジジはその顔を見る。
ルナリスにとってずっと名前しか知らなかった花。
赤ん坊だった自分の籠に入っていたと、ジジから聞いていただけの花。
それを見たかった。
そして、見えた。
だから。
「よかったな」
「うん」
ルナリスが笑う。
ジジも少しだけ笑った。
「他のお花も見えた」
「いっぱい?」
「いっぱい。赤いのと、黄色いのと……」
「あとは?」
「あとね……」
言葉が途中で止まる。
「ルナ?」
「……眠い」
「寝てていいぞ」
「ジジいる?」
「いる」
「ずっと?」
「いる」
「じゃあ寝る」
「ああ」
ルナリスが目を閉じる。
しばらくすると、また静かな寝息が聞こえ始めた。
ジジはその手を握ったまま、長椅子へ背を預けた。
足は戻った。
少しずつ歩けるようにもなった。
一つずつ。
そうやって進んでいけばいいと思っていた。
なのに。
今日、また知らないものが出てきた。
「……」
ルナリスの白い髪を見る。
さっきまで、これが碧色だったという。
自分は見ていない。
だから余計に、現実味がなかった。
——————————————————————
どれくらい経った頃か。
児童所の扉が開いた。
ジジが顔を上げる。
「なんか分かったか?」
アグラディアだった。
だが、一人ではない。
その後ろから、もう一人のエルフが入ってくる。
ジジの目が、その男へ向いた。
――強い。
最初に思ったのは、それだった。
何かをされたわけではない。
威圧されてもいない。
ただ歩いて入ってきただけだった。
それでも分かる。
長い年月を生きた強者には、独特のものがある。
目の前のエルフから感じるものは、少し違った。
大きい。
静かなのに、足元から何かが広がっているような感覚がある。
ジジは無意識に男の全身を見る。
そのエルフもジジを見た。
「ジジ・ガルシアだな」
「……ああ」
「レグラス・ルシーダだ」
「知っている」
六ヶ国同盟国エルフ居住区議長。
ルシーダ一族の当主。
そして、アグラディアの父親。
名前だけなら聞いている。
レグラスの視線がジジから外れた。
長椅子へ向かう。
眠っているルナリス。
その白い髪。
レグラスは何も言わなかった。
近づきもしない。
ただ、しばらく見ていた。
ジジの眉が僅かに寄る。
「父上」
アグラディアが呼ぶ。
「ああ」
レグラスが視線を戻した。
「髪は確かに碧色になったのか」
アグラディアが頷く。
「はい。僕も見ました」
「どの程度だ」
「全部です。白いところが残らないくらい」
「戻ったのは?」
「ルナリスが意識を失って、風が収まるのとほぼ同時だったと思います」
レグラスがララノアを見る。
「植物は」
ララノアが答えた。
「庭にあったもののほとんどが一斉に成長しました。
開花時期ではないものも含まれています」
「月下美人も?」
「はい」
「今も?」
「咲いています」
レグラスが庭へ目を向ける。
白い月下美人が、まだ花を開いていた。
「……そうか」
短い返事だった。
ジジは三人を見る。
「何?」
誰も答えない。
「さっきから何の確認してんの?」
レグラスがジジを見る。
「月下美人という名を、ルナリスは知っていたそうだな」
「ああ」
「お前が教えたのか」
「そうだけど」
「なぜ知っていた」
「何でそんなこと聞くんだよ」
「必要なことだ」
ジジは少しだけ警戒しながら答えた。
「赤ん坊のルナが入ってた籠にあったから」
レグラスの目が僅かに動く。
「月下美人が?」
「ああ」
「一輪か」
「そう」
「他には?」
「花はそれだけだったと思う」
「……そうか」
また同じ返事。
「だから何なんだよ」
ジジが聞く。
レグラスはすぐには答えなかった。
眠っているルナリスへ、もう一度目を向ける。
その横顔を。
白い髪を。
何かを確かめるように見ていた。
「レグラス」
ジジが呼ぶ。
「ルナに何かあんの?」
「ある」
即答だった。
ジジの表情が変わる。
「何」
「その話をするために来た」
「じゃあ早く教えろよ」
レグラスは黙った。
アグラディアが父を見る。
シャイアも、いつの間にかこちらを見ていた。
静かな時間が流れる。
やがて。
レグラスが口を開いた。
「ジジ・ガルシア」
「なんだよ」
「お前には、ルナリスについて話しておかなければならないことがある」
ジジがルナリスの手を握ったまま、レグラスを見る。
「……は?」
「だが、その前に一人のエルフについて話そう」
「エルフ?」
「ああ」
レグラスは一度だけ目を伏せた。
そして、その名を口にした。
「レジーナ・ルシーダ」
空気が変わった。
シャイアが息を呑む。
アグラディアも目を見開いた。
「……レジーナ?」
ジジだけが、二人の反応の意味を分かっていなかった。
「誰?」
レグラスが静かに答えた。
「私の姉だ」
═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═
お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




