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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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いつもの朝

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

それから数日。


「今日も行く!」


朝食を食べ終えたルナリスが、椅子から立ち上がりながら言った。

ジジは食器を重ねる。


「……お前、結局毎日行ってんじゃん」


「だめ?」


「ダメとは言ってねぇよ」


「じゃあ行く!」


「分かったから。急ぐな」


最初は毎日通うかどうかも決めていなかった。

けれど一日行けば、翌朝も行くと言う。


次の日も、その次の日も。


気づけばルナリスは、

朝になると児童所へ行くことを当たり前のように楽しみにするようになっていた。


午前中は児童所。

昼を食べた後は、アグラディアと一緒に近くにあるシャイアの診療所へ行く。


そこで午後の歩行訓練。

夕方、仕事を終えたジジが迎えに行く。


そんな毎日が、いつの間にか出来上がっていた。


そして当然。


ルナリスの午前中が決まれば、ジジの午前中も決まる。


——————————————————————


「おはよ」


ギルドへ入る。

受付にいたマーサが顔を上げた。


「おはよう、ジジ」


「今日何やんの」


「来て早々それ?」


「だって俺、何やるか知らねぇもん」


「もう何日目よ」


「冒険者だから」


「最近毎朝いるじゃない」


「ルナが毎朝児童所行くからだよ」


マーサが笑う。


「結局、毎日通ってるの?」


「ああ。朝飯食ったらすぐ行くって」


「そんなに気に入ったのね」


「みたい」


ジジは受付の奥へ入り、いつものように空いている椅子へ座った。

マーサが依頼書の束を持ってくる。


「はい。今日はこれ」


「多くね?」


「昨日、護衛依頼がまとめて入ったの」


「全部見んの?」


「全部」


「帰りてぇ」


「来たばっかりでしょ」


一枚目を取る。


行き先。

日数。

人数。

積荷。

依頼主。


ざっと目を通して、横へ置く。


「これゴールド一人。あとはシルバー二人でいいんじゃね」


「こっちは?」


「どれ」


マーサから次の紙を受け取る。


「……これ馬車何台?」


「三台」


「じゃあ人数足りねぇよ。最低四人」


「そう?」


「この道、途中で森挟むから。前後だけじゃ横見れねぇじゃん」


「ああ、そっか」


「一人増やしといて」


「分かった」


マーサが書き加える。


次。

また次。

最初こそ面倒がっていたが、数日も続ければジジもすっかり慣れていた。


依頼書を読む。

危険度を見る。

実際にその土地へ行った経験があれば補足する。

誰に任せるか迷うものはバルトへ回す。


時には受付へ来た冒険者に直接声をかけることもある。


「これ、お前ら行けんじゃね?」


「ジジさんが言うなら行きます」


「いや、自分らで依頼書読んで決めろよ」


そんなやり取りまで増えた。

マーサが新しい紙を置く。


「これもお願い」


「まだあんの?」


「あるわよ」


「バルト何してんの」


「ギルドマスターの仕事」


「俺に押し付けてんじゃん」


「ちゃんと仕事してるわよ」


「ほんとかよ」


「本人に聞いてくれば?」


「やだ」


ジジは次の依頼書を取った。

マーサはその横で別の書類を整理する。


「そういえば、ルナは児童所で何してるの?」


「いろいろ」


「いろいろって」


「花見たり、本読んでもらったり。昨日は何か葉っぱの話してた」


「楽しそうね」


「うん」


「お友達もできた?」


「できたみたい」


「何ていう子?」


「……」


ジジが止まる。


「知らないの?」


「聞いた」


「じゃあ名前は?」


「いっぱい出てくんだよ」


「一人くらい覚えてないの?」


「……ララノア」


「先生じゃない」


「それは覚えてる」


マーサが呆れたように笑った。


「ちゃんと聞いてあげなさいよ」


「聞いてるって。帰り道ずっと喋ってるから」


「何の話?」


「今日誰と何したとか、何食ったとか、ララノアが何教えてくれたとか」


「ちゃんと聞いてるじゃない」


「だから言ったじゃねぇか」


「最近ルナに会ってないな」


マーサが何気なく言った。

ジジが依頼書から顔を上げる。


「そうだっけ」


「そうよ。歩けるようになったって聞いてるけど、

 それから会ってないもの」


「今めちゃくちゃ歩くよ」


「そんなに?」


「まだ走らせてねぇけど。本人は走れるって言ってる」


「元気になったのね」


「うん」


マーサは少し嬉しそうに笑った。


「会いたいな」


「ルナに?」


「ええ」


「ふぅん」


ジジはまた依頼書へ視線を戻した。

それからしばらく。

二人で黙々と仕事を続ける。


昼が近づいた頃。

ジジが最後の一枚を横へ置き、大きく伸びをした。


「終わった」


「お疲れさま」


「疲れた」


「これくらいで?」


「紙見てる方が疲れるんだよ」


「午後はもっと疲れるでしょうに」


「身体動かす方が楽」


立ち上がりながら、ジジが髪を後ろへ払う。

マーサがそれを見た。


「ジジ」


「ん」


「髪、随分伸びたわね」


ジジが自分の髪に触れる。


「そう?」


「ええ」


「毎日見てるから分かんねぇ」


首の後ろまで手を回し、いつものように髪をまとめる。

マーサの視線がそこへ向いた。


「……その革紐」


「ん?」


「切れかけてない?」


「え?」


ジジが革紐を外した。

手元へ持ってきて見る。


一部が擦れ、細く裂けている。

指で軽く引っ張ると、今にも切れそうだった。


「あー……ほんとだ」


「気づいてなかったの?」


「全然」


「もう」


「これ今日使えっかな」


「これから鍛錬所でしょう?」


「ああ」


「じゃあ……」


マーサが一度言葉を止めた。


「私のでよければ、使う?」


「マーサの?」


「ちょっと待って」


自分の荷物を引き寄せる。

中を探して、小さく束ねられた革紐を一本取り出した。


「これ」


ジジが見る。

まだ一度も使われていない、新しい革紐だった。


「これ新しいじゃん」


「いいの」


「でも悪くね?」


「いいって。いっぱいあるから」


「ほんと?」


「革紐一本でしょ」


「じゃあ……もらう」


「ええ」


ジジは受け取った革紐で、髪を後ろにまとめた。

何度か指で位置を直す。


「ちょうどいい」


「そう」


「ありがと。助かった」


「どういたしまして」


ジジは切れかけた古い革紐を自分の荷物へ放り込んだ。

机の上に残った書類をまとめる。


「じゃ、鍛錬所行ってくる」


「ええ」


数歩進んで。


「あ、マーサ」


「何?」


ジジが振り返った。


「今日、うち来て飯食う?」


マーサが止まった。


「……え?」


「ルナ会いたいんだろ」


「いいの!?」


「何でダメなんだよ」


「いや、だって……いいの?」


「だから誘ってんじゃん」


「行く!」


返事が早かった。

ジジが少し笑う。


「じゃあ仕事終わったら来いよ」


「うん」


「何か食えねぇもんあったっけ」


「ないわよ」


「じゃ、適当に作る」


「分かった」


「またあとで」


「いってらっしゃい」


ジジが出ていく。

新しい革紐で黒髪をまとめた後ろ姿が、扉の向こうへ消えた。

マーサは閉じた扉を少しだけ見た。


それから何事もなかったように、次の仕事へ戻った。


——————————————————————


仕事を終えたマーサは、そのまま市場へ寄った。

夕食へ招かれただけなのだから、何も持っていかなくてもいい。

そう思いながらも、結局いくつか食材を買った。


果物。

焼き菓子。


それから、ルナリスが食べやすそうなものを少し。

両手に袋を抱えて、ジジの家へ向かう。


鍛錬所での仕事を終えたジジは、シャイアの診療所へ来ていた。


「帰るぞ」


「ジジ!」


ルナリスが立ち上がる。


「今日どうだった?」


「いっぱい歩いた!」


「児童所は?」


「楽しかった!」


「そう」


「今日ね、ララノアが――」


「歩きながら聞く」


「うん!」


上着を着せてやりながら、ジジが言う。


「今日マーサ来るよ」


ルナリスの顔が上がった。


「マーサ!?」


「うん。飯食いに来る」


「やった!」


「会いたいって言ってたから」


「ルナも会いたかった!」


ジジの手を握り、ルナリスは楽しそうに診療所を出た。


——————————————————————


家へ戻ってしばらくすると、玄関を叩く音がした。


「マーサ!」


居間にいたルナリスが立ち上がる。


「待てって」


「歩くだけ!」


「分かってるからゆっくり行け」


ジジが後ろからついていく。

扉を開ける。


「こんばんは」


「マーサ!」


「ルナ、久し――」


マーサの言葉が止まった。

ルナリスが、自分の足で立っている。


そのまま一歩。

また一歩。

声のする方へ歩いてくる。


「マーサ!」


「……ルナ」


「歩けるよ!」


「ほんとに……」


マーサが笑った。


「ほんとに歩いてる」


「いっぱい歩ける!」


「聞いてたけど、実際見るとすごいわね」


「もっと歩けるよ!」


「見せなくていいって。入れよ」


ジジがルナリスの肩へ手を置く。

そこでマーサの持っている袋に気づいた。


「何それ」


「食材と、ちょっとお土産」


「飯あるよ」


「知ってるわよ」


「じゃあ何で」


「手ぶらで来られないでしょ」


「別にいいのに」


「私が嫌なの」


「そ」


ジジが袋を受け取る。


「入れば」


「お邪魔します」


「マーサ早く!」


「はいはい」


ルナリスがマーサの手を取る。


「今日ね、児童所でね!」


「うん」


「お花見た!」


「何のお花?」


「黄色いのと、白いのと、それから――」


二人が居間へ向かっていく。

ジジは持ってきてもらった食材を台所へ運んだ。


「ルナ、今日は誰と遊んだの?」


「今日はね――」


また名前がいくつも出てくる。

ジジは台所で夕食の支度をしながら聞いていた。


「――な?覚えらんねぇだろ?」


「私は覚えたわよ」


「マジ?」


「普通に聞いてればね」


「俺も普通に聞いてるって」


「ジジ、昨日も聞いたよ」


「……そうだっけ」


「ほら」


「二人で責めんなよ」


ルナリスの笑い声が響く。

ジジは鍋を混ぜながら振り返った。


「マーサ」


「何?」


「それ切ってくれる?」


「いいわよ」


マーサが台所へ入ってくる。

いつもの家に、一人増えただけ。

それだけなのに、夕食ができるまでの時間はいつもより少し賑やかだった。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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