強められた結界
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 5話ずつ更新しています。
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エルフ居住区の奥。
アグラディアは父の部屋を訪れていた。
「父上、少しいいですか?」
「ああ」
レグラスは机の上の書類から顔を上げた。
アグラディアは向かいの椅子へ座る。
「ルナリスのことで報告があります」
「聞こう」
「児童所へ通うことになりました」
レグラスの視線が僅かに動いた。
「そうか」
「毎日になるかはまだ分かりません。
ただ、本人も通いたがっていますし、ジジ・ガルシアも了承しました」
「脚は」
「もう歩けています。
まだ訓練は必要ですが、昨日も児童所の庭をかなり歩いていました」
「そうか」
「千里眼も、再び発現しています」
レグラスは黙って聞いている。
「以前より力が戻っている可能性があります。
まだ一度確認しただけなので、しばらく様子を見るつもりです」
「文献は」
「引き続き調べます」
「分かった」
アグラディアは膝の上で指を組んだ。
「それで父上。お願いがあるんですが」
「結界か」
一瞬、アグラディアが止まった。
「……はい」
「強めておく」
「ありがとうございます」
あまりにも早い返答だった。
アグラディアは少しだけ父を見る。
「今の結界でも十分強いとは思いますが」
「なら、さらに強ければ問題はない」
「それはそうですが」
レグラスはそれ以上何も言わなかった。
アグラディアも深くは聞かなかった。
「では、お願いします」
「ああ」
話はそれで終わったかに思えた。
アグラディアが席を立とうとした時、レグラスが口を開く。
「アグラディア」
「はい」
「私はしばらく留守にする」
アグラディアが顔を上げた。
「いつからですか?」
「明朝」
「急ですね」
「ああ」
「どちらへ?」
「少し確認しておきたいことがある」
「……そうですか」
レグラスは机の上の書類をまとめる。
「留守の間、何かあれば知らせろ」
「分かりました」
「ルナリスについてもだ」
アグラディアは僅かに間を置いた。
「はい、父上」
「結界は今夜のうちに強めておく」
「お願いします」
アグラディアは立ち上がった。
「では、僕は児童所へ戻ります」
「ああ」
「父上も、お気をつけて」
レグラスは短く頷いた。
扉が閉じる。
部屋に静けさが戻った。
机の上には、何枚かの報告書が残されている。
レグラスはその一枚へ手を伸ばした。
しばらく目を通した後、静かに伏せる。
その日の夜。
エルフ居住区を覆っていた結界が、さらに強く編み直された。
翌朝。
レグラスは行き先を告げることなく、居住区を発った。
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翌日午後。
ルナリスをシャイアの診療所へ預けたジジは、ギルドへ来ていた。
このあと鍛錬所へ向かう予定だったが、その前にバルトの執務室へ寄っている。
机を挟んで座り、茶を飲む。
「そういや」
ジジがカップを置いた。
「ルナ、児童所通わせることにした」
「お」
バルトが顔を上げる。
「決めたか」
「ああ」
「本人は?」
「行きたがってる」
「なら良かったじゃねぇか」
「まあな」
「あれだけ悩んでたくせに」
「うるせぇな」
バルトが笑う。
「いつからだ?」
「まだちゃんとは決めてねぇけど、預けるのは午前中。
午後はしばらくシャイアのところで歩く練習あるし」
「午前中?」
「ああ」
バルトが茶を飲む。
それから、ジジを見る。
「じゃあお前、午前中暇になるな」
「……」
ジジもバルトを見る。
「何」
「午前中から来いよ」
「嫌だよ」
「何でだよ」
「何すんの」
「仕事」
「午後やってんじゃん」
「鍛錬所だろ。午前中はギルドの仕事手伝え」
「何で俺が」
「暇なんだろ?」
「暇だけど」
「じゃあ来い」
「嫌だって」
「お前、ギルド所属だろうが」
「冒険者としてな」
「その冒険者の仕事が最近ねぇんだよ」
「俺のせいじゃねぇじゃん」
「だから手伝えっつってんだよ」
ジジが嫌そうな顔で茶を飲む。
「何やらせんの」
「依頼の整理とか、報告書の確認とか、倉庫の在庫見るとか」
「地味」
「仕事なんてそんなもんだ」
「やだ」
「給料出すぞ」
「いくら?」
「食いつくの早ぇよ」
ジジが笑った。
「金くれるなら考える」
「現金な奴だな」
「タダ働きよりいいじゃん」
「まあいい。午前中ずっとじゃなくていいから来い。
お前に見てもらいたい依頼もある」
「依頼?」
「新人に回していいか微妙なやつとか。俺一人で全部見んの面倒なんだよ」
「結局お前が楽したいだけじゃん」
「ギルドマスターは忙しいんだよ」
「はいはい」
その時。
執務室の扉が叩かれた。
「入れ」
扉が開く。
「バルトいる?」
「見りゃ分かるだろ」
ガイアが入ってきた。
中にいるジジを見て、少し眉を上げる。
「お前もいたんか」
「今から仕事」
「へぇ」
ガイアはそのままバルトの机へ近づいた。
「これ」
持っていた紙を置く。
バルトが受け取る。
「何だ?」
「この前頼まれたやつ」
「ああ。悪ぃな」
「もういいか?」
「待て」
「何」
「お前、最近暇だろ」
「暇じゃねぇよ」
「依頼受けてねぇじゃん」
「別の仕事してる」
ジジがガイアを見る。
「仕事?」
「何だよ」
「お前、働いてんの?」
「働くわ」
「何してんの?」
「港で風送ってる」
「……何?」
「港」
「それは聞こえた」
バルトまで紙から顔を上げる。
「風送るって何だよ」
「船に決まってんだろ」
「お前が?」
「俺が」
ジジが少し笑う。
「何でそんな仕事してんの」
「最近面白ぇダンジョンもねぇし、討伐も大したのねぇから」
「だから港?」
「風欲しい船なんていくらでもあんだよ。出る時とか入る時とか」
「精霊使って?」
「他にどうやって送んだよ」
バルトが呆れたようにガイアを見る。
「だったらギルドで働け」
「やだ」
「即答すんな」
「港の方が楽」
「ミスリルが港で風送ってんじゃねぇよ」
「金もらえりゃ何でもいいじゃねぇか」
「俺と同じこと言ってんじゃん」
ジジが言う。
「何の話?」
「午前中暇になるからギルドで働けって言われてる」
「働けば?」
「お前もな」
「俺はもう働いてる」
「風送ってるだけじゃん」
「立派な仕事だろうが」
「そうだけど」
「何だよ」
バルトが額を押さえる。
「何でうちの高ランク二人がこんなんなんだよ……」
「知らねぇよ」
二人の声が重なった。
バルトが深く息を吐いた。
ガイアは空いている椅子を引き、勝手に座る。
「茶ないの?」
「何でお前の分まで出さなきゃなんねぇんだ」
「ジジ飲んでんじゃん」
結局バルトがもう一つカップを出した。
ガイアがそれを受け取る。
一口飲んでから、ふと思い出したように言った。
「そういや」
「何」
ジジが見る。
「エルフ居住区の結界、変わったぞ」
ジジの手が止まる。
「もう?」
「もうって何だよ」
「昨日、強くしてもらうってアグラディアが言ってた」
ガイアが納得したように頷く。
「前にシャイアんとこ行った時と今日、横通ったら全然違った」
「そんな分かんの?」
「分かる」
「どんくらい?」
「とんでもねぇ」
「……」
「……」
ジジが待つ。
ガイアも黙って茶を飲む。
「終わり?」
「何が」
「説明」
「しただろ」
「とんでもねぇしか言ってねぇじゃん」
「だから、とんでもねぇんだよ」
「分かんねぇよ」
バルトが笑う。
「お前、もうちょい何かねぇの?」
「ねぇ」
「語彙どうなってんだよ」
「うるせぇな」
ガイアがカップを置く。
「近く通っただけで分かるくらい強ぇの。全然違う」
「へぇ……」
「まあ、強ぇならいいじゃねぇか。ルナもそこ通うんだろ?」
「そうだな」
「なら安心だろ」
「……まあな」
ジジもカップへ口をつけた。
窓の外から、鍛錬所の方角で鳴った鐘の音が聞こえる。
ジジが顔を上げる。
「あ、そろそろ行くわ」
「明日から午前も来いよ」
「まだ行くって言ってねぇじゃん」
「給料出す」
「……考えとく」
「来るな、こいつ」
「うるせぇ」
ジジが立ち上がる。
ガイアも残った茶を飲み干した。
「俺も港戻ろ」
「お前はギルドで働け」
「やだ」
「お前らほんと自由だな」
バルトの声を背中に受けながら、二人は執務室を出た。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




