↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第3章『エルフ王国編』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
99/185

『再会』

 夜明けの空はまだ薄青く、昨夜から降り続いていた雨も、ようやく小降りになっていた。

 迅は宿を出ると、軒下で伏せていたフォルのもとへ向かった。


「待たせたな」

「ワウ」


 フォルはすぐに身体を起こし、濡れた地面へ鼻先を近づけた。


 昨夜、この街で聞いた話では、ルシェラは悪魔族だと知られ、拒絶されたうえに石まで投げられたという。


 そして、そのまま一人で雨の森へ入っていった。

 昨夜から降り続く雨で、痕跡がどこまで残っているかは分からない。

 それでも、もうここで立ち止まっている理由はなかった。


「行こう。少しでも早く追いつく」

「ワウ!」


 迅が歩き出すと、フォルもすぐ隣へ並んだ。

 街の外れへ近づくにつれて建物は減り、代わりに湿った土と森の匂いが濃くなっていく。


 門の向こうには、朝霧に包まれた深い森が広がっていた。


「…………」


 迅は、その奥を見据える。


(今度こそ追いつく)


 なぜルシェラが何も言わずにいなくなったのか。

 どうして一人でエルフ領へ向かったのか。

 その理由は、まだ何も分からない。


 だからこそ、本人に聞く。

 昨夜、そう決めた。


 その時だった。


「グルル……」

「……?」


 フォルが突然足を止めた。


「どうした?」


 白い耳をぴんと立て、迅たちが歩いてきた道の方を睨んでいる。

 やがて霧の向こうから、いくつもの足音が聞こえてきた。

 一人ではない。


 複数。


「…………」


 迅も自然と腰の黒剣へ手を伸ばす。

 だが。


「――迅!!」

「……え?」


 聞き覚えのある声だった。

 次の瞬間。

 朝霧の向こうから、赤い髪が飛び出してきた。


「迅――っ!!」

「リリィ?」


 迅がその名を呼んだ時には、もう遅かった。

 リリィは泥を跳ね上げながら駆け寄り、その勢いのまま迅の胸へ飛び込んだ。


「ばかっ!!」

「うわっ!」

「ほんっとに……ほんっとに探したんだから!!」


 胸元へ顔を押しつけたまま、リリィが叫ぶ。


「どこ行ってたの! 死んだかと思ったんだよ!」

「いや……生きてるけど」

「見れば分かるよ!」

「じゃあ言わなくても――」

「そういうことじゃない!」


 拳が迅の胸を何度も叩く。

 それほど強くはない。


 けれど、その手が僅かに震えているのを感じて、迅もようやくどれほど心配を掛けたのかを実感した。


「……悪かった」


 少し迷ったあと、迅はリリィの頭へそっと手を置いた。


「心配かけた」

「遅いよ……」


 リリィが小さく鼻をすすった。

 その時。


「グルルル……」

「ひゃっ!?」


 すぐ横から低い唸り声が聞こえ、リリィが勢いよく迅から離れた。

 フォルが身体を低くし、警戒するようにリリィを見ている。

 突然知らない人間が迅へ飛びついてきたのだから、当然の反応だった。


「ちょ、ちょっと迅! この子なに!?」

「フォル、大丈夫」


 迅が白い頭へ手を置く。


「仲間だよ」

「…………」


 フォルはしばらくリリィを見つめた。

 やがて鼻先を近づけ、匂いを確認する。


「え、ちょっと。匂い嗅がれてる?」

「多分、敵じゃないか確認してる」

「私、迅の仲間なんだけど!」


 そんなやり取りをしていると、霧の中からさらに三人が姿を現した。


「……無事だったか」

「ガルド」


 ガルドは迅の前まで歩いてくると、何も言わずに肩を拳で軽く叩いた。


「……殴られるかと思った」

「殴りたい」

「やっぱり?」

「だが」


 ガルドは一度、大きく息を吐いた。


「生きていてよかった」


 それだけだった。

 けれど、迅には十分だった。


「うん。ありがとう」

「迅が無事だったことは喜ばしいですね」


 続いてルーナが前へ出る。

 雨を避けるため外套を纏っているが、その背からは二対の羽が僅かに覗いていた。


「ただし、リリィが道中ずっと『迅が死んでたらどうしよう』と騒いでいたので、非常に疲れました」

「ルーナ!」

「事実です」

「今それ言う!?」


 迅が思わず笑った。

 ほんの僅かだったが、ずっと胸の奥へ張りつめていたものが緩む。

 そして最後に、一人の男が霧の中から現れた。


「師匠……」

「久しぶりだな」


 ヴァロスだった。

 無精髭。

 使い込まれた外套。

 こちらを見据える鋭い灰色の目。


 以前と何も変わらない姿を見て、迅は自然と背筋を伸ばした。


「……すみません。心配かけました」

「謝るくらいなら、最初から心配させるな」

「……はい」


 ヴァロスはしばらく迅を見つめた。

 次に、腰の黒剣へ目を向ける。

 そして再び迅の顔を見る。


「色々あった顔をしている」

「…………」

「話はあとでいい」


 それだけ言うと、ヴァロスはそれ以上何も尋ねなかった。


◇ ◇ ◇


「それで」


 リリィが目元を拭いながら尋ねる。


「迅、こんなところで何してるの?」

「私たちはずっと迅の足取りを追ってきたんだから。グラドたちの村も、神殿のあった街も、聖王国も」


 ルーナも続ける。


「聖王国では、あなたが銀髪の少女と行動していたことも聞きました」

「……ルシェラ」


 その名前を口にした瞬間、迅の表情から笑みが消えた。

 フォルも反応し、森の方へ顔を向ける。


「迅?」


 リリィも、その変化に気づいた。


「どうしたの?」

「…………」


 迅は一瞬だけ迷った。

 最初からすべて説明すれば、それなりに時間がかかる。

 今は一刻でも早くルシェラを追いたかった。


「……悪い」

「え?」

「詳しい話は歩きながらする」


 迅は朝霧に包まれた森へ視線を向けた。


「今は、ルシェラを追いたい」


 リリィの表情が変わる。


「追うって……どういうこと?」

「いなくなったんだ」

「……え?」

「何も言わずに、一人で出ていった」


 迅は静かに続ける。


「フォルと痕跡を追って、ここまで来た。この街にも来てた。でも、もう街にはいない」

「…………」

「昨日、この先の雨の森へ入ったらしい」


 なぜルシェラが消えたのか。

 その理由は、迅自身にも分かっていない。

 今ここで推測を並べても意味はなかった。


「だから、まず追いつきたい」

「…………」


 リリィは何かを尋ねようとした。

 だが、迅の表情を見ると、その言葉を飲み込んだ。


「……急いでるんだね」

「ああ」

「分かった」


 返事は早かった。


「行こう」

「リリィ?」

「話は歩きながら聞く」


 リリィは背負っていた杖を握り直す。


「せっかく追いついたのに、また迅だけ先に行かせるわけないでしょ」

「…………」


 ガルドも当然のように斧を背負い直した。


「俺も行く」


 ルーナは森の奥を見ながら頷く。


「状況はまだほとんど分かりません。だからこそ、一人で探すより人数がいた方がいいでしょう」


 迅は最後にヴァロスを見る。


「師匠は?」

「聞く必要があるか?」

「……ないですね」


 ヴァロスが小さく鼻を鳴らした。


「…………」


 フォルは新たに加わった四人を順番に見回していた。

 リリィが恐る恐る、その前へしゃがむ。


「フォル、だっけ?」

「…………」

「よろしくね」


 そっと手を差し出す。

 フォルは一度その手の匂いを嗅いだ。


 そして。

 ぷい。


 顔を横へ逸らした。


「えっ」

「嫌われた?」


 迅が思わず笑う。


「違うよね!? ねえ、フォル!」

「ワウ」

「どっち!?」


 ほんの一瞬だけ。

 昔と変わらない空気が戻った。


「…………」


 迅は四人を見る。


 リリィ。

 ガルド。

 ルーナ。

 そしてヴァロス。


 ずっと一緒に旅をしてきた仲間たち。

 まさかエルフ領の端で再会することになるとは、少し前まで想像もしていなかった。


「……助かる」


 自然と、その言葉が出た。

 ヴァロスが迅を見る。


「なら前を見ろ」

「はい」


 フォルが雨の森へ向かって歩き出す。

 迅もその隣へ並んだ。


「行こう」


 今度は一人ではない。


 再会をゆっくり喜ぶ時間は、まだなかった。

 迅たちは朝霧の中へ踏み込み、ルシェラの残した痕跡を追って森の奥へ進んでいく。


 この先でルシェラが何を思い、どこへ向かったのか。

 そして、すでに何が起きているのか。

 迅たちは、まだ何も知らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。