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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第3章『エルフ王国編』

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『旅をする理由』

 雨に濡れた森を、六つの影が進んでいく。

 先頭を歩くのはフォルだった。鼻先を地面へ近づけ、雨の中に僅かに残った匂いを辿っている。


 そのすぐ後ろを迅が歩き、リリィたち四人も遅れずについてきていた。


「迅」


 しばらく進んだところで、ルーナが声を掛けた。


「そろそろ説明してください」

「ああ」

「聖王国で聞いた話だけでは、分からないことが多すぎます」


 隣を歩くリリィも迅を見る。


「私たち、ルシェラが『大厄災の悪魔』って呼ばれてたことは聞いたよ。それに、聖王国の人たちを守ったことも」


 そこで少しだけ言葉に迷う。


「でも……迅がどうしてルシェラと一緒に旅してたのかは知らない」

「…………」


 迅は歩みを止めなかった。

 フォルの白い背中を追いながら、一度だけ息を吐く。


「分かった。最初から話す」


◇ ◇ ◇


「俺がルシェラと出会ったのは、黒淵の奈落の最下層だ」

「最下層……」


 リリィの表情が僅かに強張った。

 迅が黒淵の奈落へ落ち、そこから生還したことは知っている。

 だが、その中で何があったのかまでは聞いていなかった。


「そこで、セリウスっていう黒い騎士に会った」

「セリウス?」

「ああ。三百年前、ルシェラを守っていた人だ」


 ヴァロスだけは口を挟まず、静かに話を聞いている。


「セリウスは最後に、この黒剣を俺へ託した」


 迅は腰に下げた黒剣へ視線を落とした。


「それと、ルシェラを頼むって言った」

「……それで?」

「その先で、封印されてたルシェラを見つけた」


 ガルドが眉を寄せる。


「三百年間、封印されていたのか?」

「そうらしい」


 迅は、目覚めたばかりのルシェラを思い出した。


 赤い瞳。

 自分へ向けられた強い警戒。

 そして、セリウスがもういないと知った時の、怒りとも悲しみともつかない表情。


「最初は、とても一緒に旅できるような感じじゃなかったよ」

「でしょうね」


 ルーナが即答した。


「俺のことも全然信用してなかったしな」

「それ、今も少し怪しいんじゃない?」


 リリィが言う。


「……否定できない」


 こんな状況なのに、ほんの少しだけ空気が緩んだ。

 だが、迅はすぐに表情を戻した。


「目覚めた時、ルシェラの魔力が暴れた。セリウスがいないことを知って……たぶん、感情を抑えられなくなったんだと思う」

「危険だったのか?」


 ガルドが尋ねる。


「ものすごく」


 迅は迷わず答えた。


「でも、俺にはセリウスから受け継いだ《善悪判定》がある」

「善悪判定?」

「相手の中にある悪意や、その本質を見る力だ」


 迅は、あの日見えたものを思い返す。


「ルシェラに使った時、最初に分かったのは――『悪ではない』ってことだった」

「……悪じゃない?」


 リリィが目を見開く。


「ああ」


 迅は頷いた。


「見えたのは、喪失、孤独、愛された記憶、深い悲しみ。それと……救いを求める心だった」


 しばらくの間、雨音だけが六人の間を満たした。


「だから」


 迅は続ける。


「少なくとも俺には、『危険だから殺すべき相手だ』とは思えなかった」


◇ ◇ ◇


 フォルが途中で進路を変えた。

 一行もそれに合わせ、雨でぬかるんだ斜面を登っていく。


「それから、ルシェラと一緒に旅を始めた」

「すぐ仲良くなった?」


 リリィが尋ねる。


「全然」

「だよね」

「しばらくずっと警戒されてた」


 迅は小さく笑った。


「でも、一緒に旅をしてれば見えてくるものもある」


 カインを助けた村。

 崩れた建物からリオを守ったルシェラ。

 呪いに苦しんでいたフォルを見つけた時も、彼女は自分から近づき、その呪いを解こうとした。


「フォルと会ったのも、その途中だよ」

「ワウ」


 名前を呼ばれたフォルが、一度だけ振り返った。


「ルシェラが助けたの?」


 リリィが尋ねる。


「うん」

「だから一緒にいるのね」

「多分な」


 さらに旅は続いた。


 グラドたち。

 レオン。

 神殿の地下へ閉じ込められていた子供たち。


「ルシェラは、人間を信用してない」


 迅は静かに言う。


「でも、目の前で誰かが傷ついてたら放っておけない」


 それは聖王国でも同じだった。

 王軍との戦いでは、自分から大きな被害を出そうとせず、防ぐことを優先した。


 エルフ族が王都を襲撃した時も、逃げ遅れた少女を庇い、自分の肩を傷つけられても守り続けた。


 そしてアレクが倒れた時には――。


「ルシェラが治した」


 リリィが、聖王国で聞いた話を思い出したように呟く。


「聖魔法……だったんでしょ?」

「神官はそう言ってた」

「悪魔族なのに?」

「俺にも分からない」


 迅は首を横に振った。


「でも、それも今はどうでもいい」

「え?」

「ルシェラが何者なのかより」


 迅は前を向いた。


「俺が今まで見てきたルシェラの方が大事だから」

「…………」


 リリィは何も言わなかった。

 伝承に残る「大厄災」。

 そして、迅が旅の中で見てきた一人の少女。


 その二つは、あまりにも違っている。


◇ ◇ ◇


「それで」


 それまで黙っていたヴァロスが、初めて口を開いた。


「お前は何を決めた」

「…………」


 迅は少しだけ考えた。


「俺はもう、セリウスに頼まれたからルシェラと一緒にいるわけじゃない」


 黒剣を託された。

 ルシェラを頼むと言われた。

 確かに、最初の旅はそこから始まった。


「最初は、それも理由だった」


 だが。


「今は違う」


 迅は、はっきりと言った。


「俺自身が、ルシェラを守りたい」

「…………」


 リリィの瞳が僅かに揺れる。


「大厄災って呼ばれてても?」

「ああ」

「これからも、いろんな種族から狙われるかもしれないよ?」

「それは困るけど」

「迅」

「……でも、それでも変わらないよ」


 迅は少しだけ苦笑した。


「三百年前にルシェラが何をしたのか、俺は全部を知らない」


 だから。


「何があってもルシェラが正しいって言うつもりもない」


 一度、言葉を切る。


「ただ、俺が見てきたルシェラは、誰かを守れる人だった」

「…………」

「だから、今も追ってる」


 それが今、迅がルシェラを追う理由だった。

 ガルドはしばらく黙っていた。

 やがて、小さく息を吐く。


「……分かった」


 それだけだった。

 リリィが横を見る。


「迅が見てきたものは聞いた」


 ガルドは前を向いたまま答える。


「あとは、俺が自分の目で見る」

「……うん」


 リリィも頷いた。


「私も」


 ルーナも静かに続ける。


「伝承だけを信じるつもりはありません。ルシェラ本人を見て、自分で判断します」


 誰も、いきなりルシェラを仲間だとは言わなかった。

 それでも、迅がなぜルシェラを信じ、なぜ今も追い続けているのか。

 その理由だけは伝わった。


「話は終わったか」


 ヴァロスが言う。


「はい」

「なら足を速めろ」

「師匠……」

「急いでるんだろ」

「…………」


 迅は少し笑った。


「はい」


 フォルがさらに森の奥へ進む。

 迅たちも歩幅を速め、その後を追った。


 説明は終わった。

 あとは、リリィたち自身がルシェラを見て判断するだけだ。

 雨に濡れた森のさらに奥へ。


 六人は、途切れかけた銀白色の少女の痕跡を追い続けた。

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