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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

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『拒絶の街』


森を抜けた先に、街があった。


人間の街よりも静かで、整っている。

石畳は隙間なく敷き詰められ、道の端には小さな花が植えられていた。

建物は木造だが美しく磨かれ、屋根の曲線には無駄がない。


空気が澄んでいた。

風が冷たく、草の匂いが混じっている。


――エルフ領の端にある、小さな街。


ルシェラはフードを深く被り、街の門をくぐった。


衛兵はいない。

だが、門の横に立つ老人が彼女を見て、ほんの少し眉をひそめた。


「……旅の者か」


声は静かだった。

拒絶も歓迎もない。

ただ、無関心を装った警戒。


ルシェラは頷くだけで、何も答えずに歩き出した。


(……綺麗な街)


それが最初の感想だった。


整っている。

平和で、穏やかで、暮らしがきちんと形になっている。


それなのに。


ルシェラの背中には、視線が刺さるように集まっていた。


通りを歩く者たちが、一瞬だけ立ち止まる。

目が合うと、すぐに逸らされる。

逸らされるだけならまだいい。


だが――


その目には、薄い嫌悪が混じっていた。


ルシェラは顔を上げず、ただ歩いた。


市場が見える。

果物が並び、香草が吊るされ、パンの匂いが漂う。


腹が鳴りそうになる。

だが、それ以上に胸が冷える。


(……嫌な予感がする)


この空気を、知っている。


それは「危険」ではなく、

もっと日常的で、もっと根深いもの。


――拒絶。


ルシェラは市場の端に立ち、売り物を眺めるふりをした。


果実は赤く艶やかで、葉はみずみずしい。

どれも人間の街より高品質に見える。


「……それ、いくら?」


ルシェラは小さく尋ねた。

声をできるだけ低く抑えた。

人間より、少しだけ掠れた声。


店主のエルフは一瞬、顔を上げた。


そして――ルシェラの目元を見た瞬間、表情が変わった。


ほんのわずかに、目が細くなる。

口元が引きつる。


「……あんた、どこの種族だ」


「旅人よ」


ルシェラは短く答える。


店主は鼻で笑った。


「旅人? ……悪魔族が?」


その言葉が、静かに落ちた。


周囲の空気が一気に変わる。


近くにいた客が、手を止めた。

視線が集まる。

ひそひそと囁く声が波のように広がる。


「悪魔族……?」

「こんな所に……」

「どうして入れたんだ」

「穢れる……」


ルシェラはフードを深く引き下げた。


(……やっぱり)


隠していたつもりはない。

どこへ行っても、いずれバレる。


角があるわけじゃない。

羽があるわけでもない。

ただ、、雰囲気だけは隠せない。


生きてきた場所が違う者の匂いは、敏感なエルフにはすぐ分かる。


ルシェラは黙って財布を出した。


「買うだけよ」


「帰れ」


店主は即答した。


その言葉に、周囲のエルフたちが小さく頷く。

当然の結論だと言わんばかりに。


ルシェラは顔を上げた。


「……お金は払う」


「金の問題じゃない」


店主は冷たく言った。


「お前らがいるだけで、空気が腐る」


その言葉が胸に刺さる。

だが、ルシェラの表情は変わらない。


驚かない。怒らない。泣かない。


(……慣れてる)


怒れば余計に面倒になる。


「分かったわ」


ルシェラは財布をしまい、踵を返した。


背中に投げつけられる視線。

吐き捨てられる小声。


「悪魔族が何しに来た」

「災いを呼ぶぞ」

「早く追い払え」


災い。


その単語だけが、妙に耳に残った。


聖王国で聞いた言葉と重なる。


――大厄災の悪魔。


ルシェラは足を止めずに歩いた。

市場を抜け、通りを曲がり、宿屋を探す。


一晩だけでいい。

休んで、食べて、それからまた進めばいい。


誰にも迷惑をかけず、ただ通り過ぎるだけなら。


そう思った。


だが、宿屋の前に立った瞬間、扉が閉められた。


――ガタン。


中にいた主人が、ルシェラを見た瞬間に鍵を掛けたのが分かった。


ルシェラは扉の前で立ち尽くす。


「……泊まらせて」


声をかけても返事はない。


窓の隙間から、誰かがこちらを見ている気配がする。

そして、カーテンが閉まる。


ルシェラはゆっくり息を吐いた。


(……当然ね)


次の宿へ行く。

そこでも同じだった。


扉を閉められ、灯りを消され、

「帰れ」とも言われず、ただ拒絶される。


言葉すら与えられない。


ルシェラは街の中央へ戻った。


昼の光が眩しい。

空は澄んでいる。

この街は美しい。


それなのに、そこに自分が立っているだけで、空気が歪む。


通りすがりの子どもが、母親の袖を引いた。


「ねえ、あの人……」


母親は子どもの口を塞ぎ、慌てて引きずるように去っていく。


その視線が、痛い。


ルシェラは何も言わず、歩いた。


すると背後から、乾いた音がした。


――コツン。


小さな石が、ルシェラの背中に当たった。


痛みは大したことない。


ルシェラは振り返らない。


背後で、笑い声がした。


「当たったぞ」

「悪魔に石投げると、呪われるってよ」

「呪われるなら最初から呪われてるだろ」


若いエルフたちの声。


二つ目の石が飛んだ。

頬にかすり、熱が走る。


血が少し滲む。


ルシェラはそれでも、何もしなかった。


(……いい)


殴られるなら殴られればいい。

追い出されるなら追い出されればいい。


ここで魔法を使えば、騒ぎが大きくなる。

騒ぎが大きくなれば、討伐隊が来る。


討伐隊が来れば、迅の所まで話が届くかもしれない。


それだけは嫌だった。


(……迅には、来てほしくない)


胸が締め付けられる。

それは優しさではなく恐怖だった。


ルシェラは、ゆっくり歩き出した。


「おい! 無視すんな!」


背後から怒鳴り声が飛ぶ。


「悪魔族が、エルフの街に入ってくるな!」


石がまた飛ぶ。

肩に当たり、痛みが走る。


ルシェラは歩き続ける。


悪魔族は、どこへ行ってもこうだ。

人間の街でも、エルフの街でも。


変わらない。


ただ、生きているだけで嫌われる。


ルシェラは街の外れまで来た。

門が見える。


その時、前に立ちはだかる影があった。


中年のエルフの男。

腕を組み、冷たい目でルシェラを見下ろしている。


「……もう出ていくわ」


ルシェラが言うと、男は鼻で笑った。


「最初から来るな。穢れが移る」


穢れ。


その言葉は、石より痛い。


ルシェラは一瞬だけ唇を噛んだ。

だがすぐに力を抜き、視線を落とした。


「……そう」


男はさらに言う。


「お前たち悪魔族は、争いしか生まない。

 お前がここにいるだけで、災いが近づく」


災い。


その言葉が、胸の奥を冷たくする。


(……そうね)


聖王国で起きたこと。

矢が降ったこと。

民が倒れたこと。


全部、自分がいたからだ。


「……ごめんなさい」


ルシェラは、誰にともなく呟いた。


謝る必要なんてない。

だが謝る言葉しか浮かばなかった。


男は吐き捨てるように言った。


「謝罪で済むなら、世界は楽だ」


そして背後の若者たちが、最後にもう一度石を投げた。


額に当たり、視界が一瞬揺れる。

血が頬を伝う。


ルシェラは手で拭いもせず、門を出た。


街の外は森道だった。

雨の匂いがする。


背後で門が閉まる音が響いた。


――ガタン。


それはまるで、世界が彼女を拒絶した音だった。


ルシェラは森の中へ歩き出した。


木々の間に入ると、空気が冷たくなる。

霧が濃くなり、雨がぽつりと落ちてくる。


痛みはある。

頬の傷も、肩の痣も。


だが、それよりも――


胸の奥が、空っぽだった。


(……やっぱり)


(私は、ここにいちゃいけない)


誰も守れない。

誰も救えない。


救ったつもりでも、結局巻き込む。


そして、迅も――


ルシェラは首を振った。


考えるな。

考えたら、心が壊れる。


森の奥へ進む。

雨が少し強くなる。


ルシェラはただ、歩いた。


誰にも見つからない場所へ。

誰も巻き込まない場所へ。


銀の影は、拒絶の街を背にして、静かに消えていった。

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