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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

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『今、どこにいるの』


聖王国の王都に、夕方の光が差し込んでいた。


石造りの街並みは整っている。

広い道、白い壁、きらびやかな門。

けれどその奥には、焦げた匂いが残っていた。


瓦礫の山。

崩れた屋根。

壁に刺さったままの矢。

そして包帯を巻いた人々。


「……ここ、戦争でもあったの?」


リリィが目を丸くして言った。


旅装の外套の下、腰には杖。

瞳は燃えるように明るいのに、今は不安が混ざっている。


その後ろで、ガルドが低く唸る。


「……血の匂いがする」


声は短い。

だが、それだけで状況が伝わった。


ルーナは静かに街の空気を吸い込み、淡々と告げた。


「風が重いわ。ここで何かあったのは確実ね」


そして最後尾、ヴァロスが目を細めて街を見渡す。


「……争いの後だ。だが、怨みの匂いだけじゃない」


その言葉に、リリィは顔を上げた。


「え?」


ヴァロスは淡々と続ける。


「……救われた者の空気も混ざっている」


リリィは胸の奥がきゅっと締まるのを感じた。


(救われた……?)


それは、迅の匂いだ。


「ねえ……やっぱり迅、ここにいたんだよね?」


リリィが早足になる。


ガルドが一歩前に出て、彼女の肩を掴んだ。


「焦るな」


「焦るよ!だって!」


リリィは振り返り、頬を膨らませる。


「迅がここで何してたのか、早く知りたいじゃん!」


ルーナがため息をつく。


「リリィ。気持ちは分かるけれど、まず情報よ。突っ込んでも何も掴めないわ」


「う……分かってるけどさぁ……!」


リリィはぶつぶつ言いながらも、頷いた。


四人は広場へ向かう。


「こっちの瓦礫を撤去しよう!」

「誰か手伝える者はいないか!」


慌ただしさの中、人々の目には絶望よりも“踏ん張る力”があった。


リリィは近くの男に声をかける。


「あのっ、すみません!ここで何があったんですか?」


男は包帯を巻いた腕を押さえながら、リリィたちを見た。


「旅の人か……エルフ族の襲撃だ」


「襲撃……?」


男は唾を飲み込み、視線を落とす。


「……討伐隊が来た」


その言葉に、ルーナが眉を僅かに動かした。


「エルフ族が?なぜ聖王国へ」


男は苦々しく答える。


「悪魔族がこの国に入ったからだとさ」


リリィの心臓が跳ねる。


「悪魔族……?」


男は頷き、言葉を続ける。


「銀髪の子だ。恐ろしく綺麗な子でな……最初は俺たちも震えた。けど」


男は拳を握りしめる。


「……あの子は、俺の娘を庇った」


リリィが息を呑む。


ガルドが短く言った。


「庇った?」


男は力強く頷く。


「光の矢が降ってきた時だ。あの子が娘を抱きしめて、肩を裂かれても離さなかった」


その言葉に、リリィの胸が熱くなる。


(庇った……?悪魔が?)


ルーナは冷静に尋ねた。


「その悪魔族の名は?」


男は少し迷い、それから言った。


「……ルシェラ」


その名が落ちた瞬間、空気が変わった。


ヴァロスの目が鋭く細まる。

ガルドの肩がぴくりと動く。

ルーナの表情も、僅かに硬くなった。


リリィだけが、言葉を失っていた。


「ルシェラ……?」


それは、聞いたことのある名だ。


伝承。

古い戦争。

封印された悪魔。


(まさか……同じ?)


リリィの喉が乾く。


男は続ける。


「それだけじゃない。王子が倒れた時……あの子が回復魔法を使った」


「回復魔法……?」


リリィが聞き返すと、男は頷いた。


「神殿の聖職者みたいな光だった。」


悪魔族が?

そんな回復魔法を?


ルーナが小さく息を吐いた。


「あり得ないわね……普通なら」


男はさらに続けた。


「それで終わりじゃない。民の傷まで治してくれた。あれは……《ルミナ・ヒール》って」


リリィは震える声で言った。


「……その場に、黒髪の男性はいませんでした?」


男の目が見開かれる。


「いた。あの人がいなければ、この国は滅んでた」


「名前は……!」


男は迷わず答えた。


「迅だ。迅って呼ばれてた。民を守るために、光の矢を切り落とし続けてた」


リリィの胸が熱くなり、目の奥がじんと痛む。


(やっぱり……迅だ)


迅は、どこへ行っても変わらない。

誰かを救って、傷ついて、怒って、それでも殺さずに進む。


それが迅だ。


「……でもな」


男が声を落とした。


「エルフの隊長が叫んだんだ。あの子は“大厄災の悪魔”だって」


空気が凍る。


広場にいた周囲の民も、その言葉を思い出したように黙り込む。


「大厄災……」


リリィが呟くと、男は頷いた。


「三百年前、国を焼いた悪魔だって……俺は知らん。でも、確かにそう言われてた」


リリィは一歩後ずさった。


(大厄災の悪魔……ルシェラ)


その名は、子どもの頃から怖い話として聞かされてきた。

夜に泣き止まない子どもを黙らせるための、伝説の怪物。


なのに。


その悪魔が、子どもを守り、民を癒した?


リリィは混乱しながらも、強く思った。


(迅が、そんな悪魔と旅をしてる)


ルーナが静かに言った。


「……つまり、迅は“悪魔を連れている”んじゃない」


「え?」


ルーナは淡々と続ける。


「迅は、ルシェラを“守っている”」


その言葉が、リリィの胸に落ちる。


守っている。


迅が誰かを守る理由は一つしかない。

その相手が、誰かに傷つけられる存在だからだ。


ヴァロスが低く言った。


「迅は、見ている」


リリィが振り向く。


ヴァロスは、いつも通り短く、重い言葉を落とす。


「過去じゃない。今を見ている」


ガルドが拳を握った。


「……なら、俺たちも信じよう」


リリィは俯き、ぎゅっと杖を握りしめた。


怖い。

大厄災の悪魔と聞いて、恐怖が湧いた。


でも、それ以上に。


迅が選んだ道を信じたい。


リリィは顔を上げた。


「……追いかけよう」


声は震えていた。

だが、瞳は燃えていた。


「迅は、間違ったことしてない。私はそう思う」


ルーナが静かに頷く。


「ええ。迅は自分の正義を押し付けない。だからこそ、何を見ているのか確かめたい」


ガルドが短く言う。


「行くか」


ヴァロスは最後に、空を見上げた。


「……迅は、また孤独になりかけている」


リリィの胸がきゅっと痛んだ。


(迅……)


(あなたは、どうしてそんな危ない道を選ぶの)


でも答えは、追いかけなければ分からない。


四人は王都の門へ向かった。


夕日が街を赤く染め、風が吹く。

背後では、まだ復興の声が響いている。


リリィは歩きながら呟く。


「……ねえ迅。あなた、今どこにいるの」


そして、小さく笑ってしまう。


「絶対、また無茶してるんでしょ」


ルーナが淡々と返す。


「間違いないわね」


ガルドが短く言った。


「確かめる」


リリィは頷いた。


「私は何があっても迅を信じる」


ヴァロスが小さく口を開く。


「……それでいい」


四人の影が、王都の外へ伸びていく。


迅の背中を追う旅は、まだ終わらない。

むしろ今、さらに深くなった。


大厄災の悪魔と共にいる迅。


その理由を知るために。


そして――

迅が独りで抱え込まないように。


リリィの炎は、再び灯った。

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