『小さな誇り』
山道を抜け、街が見えたとき。
三人の肩から、どっと力が抜けた。
「ふぅ〜……やっと、戻ってこれた〜!」
リリィが大きく伸びをして、空を仰ぐ。
風が吹き抜け、木々がざわめく音が耳に心地いい。
ついさっきまで命のやり取りをしていたのが嘘みたいな、穏やかな午後だった。
「……いい風だな」
迅も小さく呟く。
背中にはまだ戦いの余韻が残っている。
盗賊との戦いは、魔物相手とは違う“重さ”があった。心の奥に、妙なざらつきが残っている。
「……お前、少し顔色悪いな」
横を歩いていたガルドが、ぽつりと声をかけてきた。
あの無骨な戦士からそんな言葉が出るなんて、少し意外だった。
「……平気だよ。ちょっと、まだ慣れてないだけ」
「盗賊は、人間だからな」
ガルドの声には、どこか“知っている”響きがあった。
おそらく、彼も初めて人を斬ったとき――同じような感覚を味わったのだろう。
街の門をくぐり、三人はそのままギルドへ向かった。
いつもの賑やかな喧騒。酒場スペースからは笑い声とグラスの音。
昨日までは、ここに一人で戻るのが嫌でたまらなかった。
でも今は、隣に仲間がいる。それだけで景色が違って見えた。
「おかえりなさい、迅さん、リリィさん……それにガルドさん!」
受付嬢が柔らかな笑みを浮かべる。
優しい声をかけてくれるその姿に、迅の緊張が少しだけ溶ける。
「盗賊団の討伐、確認しました! ……皆さん、本当にお疲れ様です!」
「ふふん、任務完了〜!」
リリィが胸を張って報告書を差し出す。
受付嬢は目を細め、三人に報酬袋を渡した。
銀貨の入った袋はずっしりと重く――迅にとっては初めて“自分の力で得た”報酬だった。
「……あのさ」
受付を離れたあと、迅はふと立ち止まった。
ギルドの喧騒の中で、自分の胸の奥がざわざわと騒いでいるのを感じる。
「ん、どうしたの?」
リリィが首を傾げる。
ガルドも無言のまま立ち止まり、迅の方を見る。
「……俺さ」
迅は一度息を吸い、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「……ずっと、ビビってた。最初のゴブリン一体倒すのもやっとで……夜の森を歩くのも、怖くてしょうがなかった」
リリィが静かに目を細める。
ガルドは腕を組んだまま、何も言わずに聞いていた。
「でも……それでも逃げたくなかった。誰にも必要とされなくても、自分だけは“逃げない自分”でいたかった」
拳をぎゅっと握る。
それは、誰かに認められるような立派な話じゃない。
でも、自分にとって――唯一守りたかった“ちっぽけな誇り”だった。
「俺が持ってるのなんて、この小さな誇りだけだ。……でも、それがあるから、俺はここに立ててるんだと思う」
一瞬、沈黙が落ちた。
ざわめくギルドの音が、遠くの世界のように聞こえる。
そのとき――
「……ははっ」
低く、乾いた音が響いた。
驚いて顔を上げると、ガルドが――ほんの少しだけ、笑っていた。
「……お前、変なやつだな」
「は?」
「ちっぽけな誇りなんて……そんなもん、持ってる奴は少ねぇ。……バカみたいに、まっすぐだ」
その顔は、これまでの無骨で無表情なガルドとは違っていた。
獣人らしい鋭い瞳の奥に、ほんのわずかな優しさが滲んでいる。
「……悪くねぇ」
「え、今……笑った?」
リリィが目を丸くする。
ガルドは少しむっとしたように顔をそむけた。
「笑ってねぇ」
「いや、笑った!」
「笑ってたよ!」
「……うるさい」
三人の声が、ギルドの喧騒の中に混ざっていく。
昨日まで感じていた孤独が、どこか遠くの出来事のように思えた。
「……迅」
しばらくして、ガルドがぽつりと声をかけてきた。
その声音は、いつものぶっきらぼうさとは少し違う。
「俺は、長い間ずっと“ひとり”で戦ってきた。人間にも、獣人にも、仲間なんていなかった」
「……」
「でも――お前らと戦って、少し……悪くねぇと思った」
ガルドの大きな手が、斧の柄を軽く叩いた。
その仕草に、不器用な決意が込められているのがわかる。
「……俺も混ぜてくれ」
「え?」
「……パーティーだろ。三人で組もうぜ」
一瞬、時間が止まったようだった。
リリィが目を丸くして、それから――満面の笑顔になる。
「やったぁぁぁっ!! 正式なパーティーだね!!」
迅も、胸の奥にじんわりと温かいものが広がるのを感じた。
ずっと、ただ生きるだけだったこの世界で――初めて「仲間」ができた。
【パーティーメンバー加入:ガルド(獣人族)】
【レベル:20】
三人は夜の街を並んで歩いていた。
街灯がオレンジ色に石畳を照らし、酒場からは楽しげな音楽が聞こえる。
「なあ、迅」
「ん?」
「……その小さな誇り、悪くねぇぞ」
ガルドの言葉は短く、ぶっきらぼうだった。
けれど、その一言が胸に染みた。
「……ありがとな」
風が吹き抜ける。
夜空に浮かぶ二つの月が、まるで三人の新しい道を照らすように輝いていた。
これは、たった一人の冒険者が――“仲間”を得た夜だった。
ちっぽけな誇りが、確かに世界を変え始めていた。




