『初めてのパーティー戦』
翌朝のギルドは、いつもよりざわついていた。
冒険者たちが依頼掲示板の前に群がり、声を上げている。
金属の鎧がこすれる音と、酒場の笑い声が混じり合うこの喧騒にも、迅はようやく少しだけ慣れてきていた。
「おはよー、迅!」
リリィがいつもの調子で手を振ってくる。
その明るさが、まだどこかぎこちない迅の空気をやわらげてくれる。
「おはよう。今日も依頼か?」
「もちろん! 昨日の連携、いい感じだったし、もうちょっと難しいクエストいってみよ!」
リリィは弾むような声で依頼掲示板の前へ走っていく。
迅もその背中を追いながら、自然と口元に笑みが浮かんだ。
掲示板には、昨日のような低ランク討伐依頼のほかに、中級寄りのクエストも貼られている。
その中でリリィが目を止めたのは――
【依頼内容:山道の盗賊団討伐】
【報酬:銀貨2枚】
【推奨人数:3〜5人】
「……盗賊団?」
「うん。最近、荷馬車を襲ってるらしいよ。推奨人数は3人以上だけど……」
リリィがちらりと迅を見る。
二人だけでは、さすがに荷が重い。
相手は魔物ではなく、人間。初めて“知性のある敵”と戦うことになる。
「……危険だな」
「でも、いつまでも低ランクの雑魚狩りばっかじゃ、成長できないよ」
その言葉に、迅は何も言い返せなかった。
彼女のまっすぐな瞳が、自分の迷いを映している気がした。
「……確かに、いつかは通る道だ」
「でしょ?」
リリィがにやっと笑う。そのとき、背後から低い声が聞こえた。
「……二人じゃ無理だ」
振り返ると、ギルドの柱にもたれかかっていたガルドがいた。
大きな戦斧を背負い、腕を組んだまま、こちらを見下ろしている。
「……昨日の戦いを見てた。お前らだけじゃ足りねー」
「そりゃ、まあ……そうだけど……」
リリィが頬をかく。
迅は少し息をのみながらも、視線をガルドに合わせた。
「じゃあ、どうすればいい?」
「……俺が行く」
一瞬、言葉の意味を理解できなかった。
リリィが目を丸くし、迅も思わずガルドを見つめる。
「え、それって……」
「勘違いすんな。あくまで“協力”だ。」
ガルドはぶっきらぼうにそう言い、視線をそらす。
だが、その声はどこか不器用な優しさを含んでいた。
「ふふっ、素直じゃないんだから」
リリィが嬉しそうに笑う。
迅はそんな二人のやりとりに、胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
「……ありがとう、ガルド」
「礼はいい。戦うなら、足を引っ張るな」
「わかってる」
3人は簡単な準備を整え、街の北へと続く山道へ向かった。
道は緩やかに続いているが、周囲は鬱蒼とした林に囲まれていて、盗賊が隠れるには格好の地形だ。
鳥の鳴き声さえ遠のき、風がざわめく音だけが耳に残る。
「……空気が違うな」
「うん。魔物と違って、人間相手だからね」
リリィが小声で呟く。
迅は短剣の柄を握りしめた。
――ゴブリンを倒したときとは違う。今度は“知性ある敵”だ。
「……油断するな。相手は罠も使う」
ガルドが短く言う。
その声音には戦場を知る者の冷たさがあった。
迅とリリィも自然と口を閉じ、歩調をそろえる。
山道の先、荷馬車が横倒しになっていた。
血の跡。矢が地面に突き刺さっている。
「伏せろ」
ガルドが小さく呟き、手で制する。
木陰から、三人の盗賊が現れた。
革鎧にナイフ、手慣れた動き。――明らかに素人ではない。
「三人……いや、林の奥にも気配がある。六人だ」
「……六人……!」
リリィの息が少し上ずる。
迅は喉を鳴らしながらも、じっと前を見据えた。
――ここで逃げたら、きっと何も変わらない。
「リリィ、左を任せる。俺は正面」
「うん!」
「俺は右を潰す」
短い言葉だけで、三人の役割が決まる。
それは不思議な感覚だった。
誰も何も合わせたことがないのに、まるで自然に“チーム”として動こうとしていた。
ガルドが先陣を切る。
戦斧を振り上げ、盗賊の一人を叩き伏せると、地響きのような音が響いた。
「うわっ……あれは反則だろ……!」
「すごっ……!」
リリィが素早く詠唱を始める。《ファイア・ショット》。
炎の弾丸が茂みに潜んでいた盗賊をあぶり出し、迅が短剣で一気に距離を詰める。
「うおおおっ!」
短剣が盗賊の腕を弾き、リリィの魔法が追撃する。
昨日までの戦いとは比べものにならない――これはもう、“一人の戦い”じゃない。
盗賊たちは想定以上の反撃に怯み、林の奥へと退いた。
三人は追撃せず、その場で構えを崩さなかった。
ガルドが静かに息を吐く。
「……ふん。悪くない」
「へへ、ありがと!」
「……別に褒めてねぇ」
ぶっきらぼうにそっぽを向くガルド。
けれど、その声はほんの少し柔らかかった。
「迅!」
「ん?」
「三人で戦うの……悪くないね!」
リリィの無邪気な笑顔に、迅の胸の奥が少し熱くなる。
昨日まで一人で震えていた森が、今はまるで別の場所のように見えた。
【経験値を獲得しました】
【レベルが4 → 5に上がりました】
迅の視界の端に、淡い青い文字が浮かぶ。
昨日よりも確かに――世界が広がっていると感じた。
ガルドは戦斧を肩に担ぎ、ぼそりと呟く。
「……悪くない連携だった」
「それ、褒めてるよね?」
「うるさい」
リリィが笑い、迅もつられて笑う。
三人の足音が、山道に並んで響いた。
――初めての“本格的な連携”が、確かな一歩として刻まれた。




