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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

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『王子の選択』

王の間は、静まり返っていた。


重い扉が閉じられる音が、遠くで響き、やがて完全な沈黙が訪れる。

玉座に座る国王は、立ち上がらない。


その姿に、狂気はない。

目は澄み、声も落ち着いている。

ここにいるのは――理性を失った暴君ではない。


「……来たか、アレク」


呼びかけは、穏やかだった。


「父上」


アレクは一歩進む。


国王は、玉座の横に置かれた小さな台座へ視線を向けた。


そこには、古びた首飾りがあった。

銀の鎖に、小さな石がひとつ。

装飾は質素だが、丁寧に磨かれている。


「覚えているか」


国王が言う。


「それは、お前の母のものだ」


アレクは息を呑んだ。


「……母上の」


記憶は、ほとんどない。

優しい声。

抱き上げられた温もり。

それ以上のことは、曖昧だった。


「お前が生まれた時、王妃はそれを外さなかった」


国王の指が、首飾りに触れる。


「“王妃である前に、母でありたい”と、よく言っていた」


アレクは、何も言えない。


「王妃は、民を信じていた」


国王は続ける。


「恐怖で縛らずとも、人は選べると」

「神殿の判定を嫌い、声を奪う政治を拒んだ」


国王の声は、淡々としていた。

だが、それは感情がないからではない。

感情を、すでに飲み込んだからだ。


「私は……それを許した」


国王は静かに言う。


「王妃の望む国を、一度は目指した」


アレクの胸が、締め付けられる。


「だが、結果はどうなった」


国王は、首飾りから視線を離さない。


「神殿は反発し、貴族は裏切り、民は扇動された」

「正義の名の下で、王妃は排除された」


“殺された”とは言わない。

だが、それ以上に重い言葉だった。


「……母上は」


アレクの声が、かすれる。


「……それでも、信じていたのですか」


国王は、わずかに目を伏せた。


「最後までな」


その一言が、すべてだった。


「だから私は、決めた」


国王は顔を上げる。


「人は、信じれば裏切る」

「ならば、恐怖で選ばせるしかない」


その理屈は、整っていた。

歪んでいるが、破綻していない。


「秩序とは、恐怖の上に成り立つものだ」

「それが、二度と失わない唯一の方法だった」


アレクは拳を握る。


「……私は」


言葉を選びながら、前に出る。


「母上の言葉は、覚えていません」

「一緒にいた時間も、ほとんど思い出せない」


国王は、黙って聞いている。


「でも」


アレクは続ける。


「恐怖で縛られた街を見た」

「声を奪われ、選べなくなった人々を見た」


一歩、さらに前へ。


「そして……それでも、人は選ぼうとしていました」


国王の目が、細くなる。


「お前は、まだ何も失っていない」


「だからこそ、選び直せます」


アレクは言い切った。


「母上が信じたものを、俺は……今、理解した」


国王は、しばらく黙っていた。


やがて、低く呟く。


「……同じ結末を迎えるぞ」


アレクは首を横に振る。


「それでもです」


その瞬間、背後で迅が静かに目を閉じる。


《善悪判定》。


極悪ではない。

善でもない。

――歪んだ正義。恐怖による秩序。


迅は何も言わない。

これは、アレクの選択だ。


アレクは、剣を床に突き立てた。


「父上」


声は、揺れていない。


「俺は、反逆を宣言します」


国王の目が、わずかに見開かれる。


「あなたを殺しません」

「ですが――王位を剥奪します」


静かに、しかし明確に。


「命令権を停止し、神殿と軍を王から切り離す」

「この国の意思を、王一人の恐怖から解放する」


国王の喉が鳴る。


それは怒りではない。

選ばれなくなる恐怖だった。


「……国は崩れる」


「崩れるなら、立て直します」


アレクは答える。


「母上が信じた国を」

「恐怖ではなく、選択で守る国を」


国王は、首飾りを見つめたまま動かない。


その背中は、ひどく小さく見えた。


迅は影の中で剣を収める。

裁かない。

ただ、見届けた。


アレクは台座の前で、深く頭を下げた。


「母上……俺は、あなたの言葉を、今選びます」



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