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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

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『守るべきもの』


剣が交わった瞬間、空気が裂けた。


乾いた金属音が、王城の回廊に幾重にも反響する。


迅の剣と、ヴァルグリム・エル=レオニスの剣。

どちらも一切の迷いなく、相手を捉えていた。


重い。


最初にそれを感じたのは、迅だった。


(……やっぱり、強い)


力だけではない。

踏み込みの速さでもない。

揺るがない姿勢そのものが、重さになっている。


ヴァルグリムは一歩も引かない。

正面から打ち合い、受け止め、押し返す。


「どうした」


低い声が、合間に落ちる。


「それが、お前の力か」


迅は答えない。


一歩引き、半身になり、斬撃を流す。

反撃は浅く、だが確実に。


「……っ」


ヴァルグリムが初めて、わずかに息を吐いた。


速さでは、迅が上。

力では、ヴァルグリムが上。


互角ではない。

だが、崩れない。


剣がぶつかり、火花が散る。


迅は攻めすぎない。

正面衝突を避け、軌道を変え、相手の重さをいなす。


ヴァルグリムは、それを真正面からねじ伏せようとする。


「逃げるな」


「逃げてない」


迅は短く返す。


ヴァルグリムの剣が、唸りを上げる。

一撃が、床を抉る。


迅はそれをかわし、即座に間合いへ戻る。


(……まだだ)


まずは、剣士として向き合う必要がある。


数合。


いや、数十合。


王子軍も、ルシェラも、誰も言葉を挟めない。

ただ、二人の剣を見つめる。


ヴァルグリムの動きは、乱れない。

だが――


(……僅かに、遅れ始めている)


迅は気づく。


力が衰えたわけじゃない。

技が鈍ったわけでもない。


受け止め続けることで、削られている。


「……不思議だな」


迅が、剣を合わせたまま言う。


「お前は、強い」

「でも……守っているはずなのに、前に進んでいない」


ヴァルグリムは、剣を押し返す。


「王を守ることが、秩序だ」

「秩序を守ることが、民を守ることだ」


即答。

何度も口にしてきた言葉。


迅は一歩引き、構え直す。


「本当に、そうか?」


その瞬間――

迅の剣が、わずかに重くなった。


ヴァルグリムは、違和感を覚える。


(……何だ?)


力が増したわけじゃない。

なのに、受け止めた瞬間、腕に負荷がかかる。


「王を守っている間に」


迅は続ける。


「その秩序の下で、声を失った民を見たか?」


剣が交わる。


重い。


ヴァルグリムの足が、半歩沈む。


「……関係ない」


「ある」


迅は踏み込む。


「お前が守った秩序の中で、消えた人間がいる」


ヴァルグリムは歯を噛みしめ、剣を振るう。


「それでも!」

「王が決めたことだ!」


剣がぶつかる。


さらに、重くなる。


「決めたのは王だ」


迅は言う。


「背負ったのは、お前だ」


ヴァルグリムの剣が、わずかに軋んだ。


「……黙れ」


ヴァルグリムが踏み込む。


渾身の一撃。

迅は正面から受ける。


だが、押し返さない。


流す。


剣を絡め、角度を変え、力を逃がす。


「なら聞く」


迅は間合いを詰めながら言う。


「民を守るために、何人切った?」


ヴァルグリムの動きが、一瞬止まる。


「……数えたことはない」


「だろうな」


迅の剣が、再び重くなる。


「数えないと、守ってるって言えるのか?」


剣がぶつかった瞬間――

ヴァルグリムの腕が、震えた。


「……っ!」


初めて、完全に押し負ける。


後退。

半歩。


その事実が、王子軍を震わせる。


(……下がった?)


ヴァルグリムは即座に体勢を立て直す。


「俺は、疑わなかった」


低い声。


「疑えば、秩序は崩れる」

「だから、疑わなかった」


迅は構えを崩さない。


「疑わなかった結果が、今だ」


踏み込む。


「王を守ることと」

「民を守ることは、同じじゃない」


ドン、という鈍い音。


剣と剣がぶつかり合った瞬間、

ヴァルグリムの剣に、亀裂が走る。


「……!」


ヴァルグリムの目が見開かれる。


「なぜ……!」


迅は、静かに答える。


「お前が、重さを一人で抱えてきたからだ」


最後の一撃。


迅は力を込めない。

ただ、問いを乗せる。


「誰を守るべきかを、選ばなかった」


「だから、剣が折れる」


乾いた音。


パキン。


ヴァルグリムの剣が、完全に折れた。


破片が、床に散る。


静寂。


ヴァルグリムは、剣の柄だけを握りしめ、膝をついた。


迅は、剣を下ろす。


迅は一歩近づき、

剣の峰で、ヴァルグリムの武器を弾き落とす。


「お前は、強い」

「でも……」


目を見て、はっきりと言う。


「王を守ること=民を守ることではない」


ヴァルグリムは、何も言えない。


ただ、床を見つめている。


長い沈黙の後、

彼は、かすかに息を吐いた。


「……俺は」

「選ばなかった」


それが、敗北だった。


迅は背を向ける。


王の間の扉が、ゆっくりと開き始める。



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