『国民を守る戦い』
昨日掲げられた王子軍の旗は、夜のうちに取り払われている。
だが、それで終わるはずがなかった。
王軍は動いた。
それも、徹底的に。
街道には装甲兵が展開され、
要所要所に検問が設けられ、
鐘が鳴るたびに、人々は足を止める。
――戦争の準備ではない。
“制圧”の準備だ。
「……来るぞ」
アレクは前線に立ち、王軍の動きを見据えていた。
彼の背後には、王子軍。
近衛師団を核とし、昨日の衝突で合流した兵たち。
まだ少数だが、統率は取れている。
「今日の戦いは、奪うためじゃない」
アレクの声は、緊張の中でも揺れなかった。
「民を、取り戻す」
「恐怖から、解放する」
兵たちが、無言で頷く。
「だから――」
アレクは剣を掲げる。
「民間人を最優先で守れ」
「倒すな、殺すな」
「道を、作れ」
それは、戦場では異質な命令だった。
だが、誰一人として疑問を口にしない。
王軍は、数で押してきた。
盾の列。
槍の壁。
魔導支援部隊。
対する王子軍は、明らかに劣勢だ。
「前線、圧迫!」
「東側、路地に民間人!」
報告が飛び交う。
「東を優先!」
アレクは即断する。
「第二隊、回り込め!」
「盾を前に、速度を落とせ!」
彼自身が、先頭に立つ。
剣を振るう。
だが、狙いは急所ではない。
叩き落とす。
弾く。
押し返す。
「……なぜ、殺さない」
王軍の兵が、息を切らしながら叫ぶ。
アレクは答える。
「お前たちも、民だからだ」
その言葉に、兵の動きが一瞬止まる。
路地では、混乱が広がっていた。
逃げ遅れた市民。
泣き叫ぶ子ども。
転倒する老人。
「下がって!」
その前に、ルシェラが立つ。
剣は抜かない。
魔力も、解放しない。
だが、彼女の存在だけで、
王軍の兵は踏み込めなかった。
「……ここから先は、行かせない」
低い声。
冷たいが、敵意はない。
兵が槍を構える。
その瞬間――
迅が、背後から一撃で制圧する。
倒れるが、息はある。
「今日は、均衡を保つ」
迅は戦況を俯瞰している。
一人でひっくり返せる。
だが、そうしない。
これは、アレクの戦いだからだ。
避難路が、徐々に確保されていく。
「こっちだ!」
「走れ!」
王子軍の兵が、民を導く。
最初は怯えていた市民たちが、
やがて、気づき始める。
――この兵たちは、守っている。
「……あの人が」
誰かが、アレクを指さす。
前線で、剣を振るい、
怒鳴り、指示を出し、
民の盾になっている青年。
「王子……?」
噂が、静かに広がる。
恐怖よりも先に、
理解が、芽を出す。
王軍の指揮官が、怒号を上げる。
「なぜ、押し切れん!」
「数では勝っているはずだ!」
「……民間人が」
部下が、歯を食いしばる。
「王子軍は、民を盾に……」
「違う!」
指揮官は否定しかけ、言葉を失う。
盾にしているのは、
王軍の方だと、気づいてしまったからだ。
アレクは、中央広場へと踏み込んだ。
ここを取れば、
王都の動線が開く。
「……ここだ」
アレクは叫ぶ。
「ここを抑える!」
王軍が、再編して押し寄せる。
アレクは、剣を構え直す。
「俺が、前に立つ」
疲労はある。
恐怖もある。
だが、逃げない。
「俺は――」
彼は、兵と市民、両方に向けて叫ぶ。
「王になる男だ」
「その資格を、今日、証明する!」
剣が交わる。
だが、次第に、
王軍の動きが鈍る。
兵が、攻撃をためらい始めた。
「……本当に、守ってる」
「俺たちが、守ってきたものは……」
疑念が、広がる。
戦いは、いつの間にか
**“制圧”から“膠着”**へと変わっていた。
「……引け」
王軍の指揮官が、歯を食いしばって命じる。
「一時撤退だ」
王子軍は、追わない。
アレクが、剣を下ろす。
「追うな」
「今日は、ここまでだ」
兵たちは従う。
静寂が戻る。
瓦礫の中、
避難を終えた市民たちが、
遠巻きに、王子軍を見ている。
誰かが、小さく言った。
「……守られた」
その言葉が、
すべてだった。
アレクは、深く息を吐き、
剣を鞘に収める。
彼の姿は、
もはや“反逆者”ではない。
見られている。
選ばれ始めている。
迅は、少し離れた場所で呟いた。
「……器だな」
ルシェラは、静かに頷く。
フォルが、空気を嗅ぎ、低く唸る。
アレクは、王城の方を見据えた。
これは、戦争ではない。
国を、取り戻す戦いだ。
そして――
人々は、初めて見始めた。




