『王子軍、蜂起』
王都の朝は、重かった。
雲一つない空。
澄んだ空気。
だが、人々の足取りは遅い。
昨日から、王都各地で兵の数が増えている。
巡回は倍。
検問は増設。
神殿の鐘は、いつもより短い間隔で鳴っていた。
――締め付けが、始まっている。
「……時間切れだな」
アレクは、城壁近くの高台から王都を見下ろしていた。
その背後には、彼の近衛師団。
王直属ではない、アレク個人に忠義を誓った兵たち。
誰も声を出さない。
だが、迷いはもうない。
「父は、粛清を選んだ」
アレクの声は、低く、しかしよく通る。
「命令に疑問を持つ者」
「躊躇する者」
「考える者」
「……すべてを、排除しようとしている」
兵の一人が、拳を握る。
「なら、もう裏では守れない」
アレクは振り返った。
「だから――表に出る」
外套を脱ぐ。
王家の紋章が、陽光を受けて輝いた。
ざわり、と兵たちの間に空気が走る。
「俺は、アレク・レイフォード」
「聖王国第一王子だ」
その宣言は、剣よりも重い。
「今日、この場から」
「俺は王に刃を向ける」
沈黙。
だが、誰一人として膝を折らない。
「これは反逆だ」
「命を懸けることになる」
アレクは、兵一人ひとりを見る。
「それでも来る者だけ、残れ」
誰も、動かなかった。
近衛師団長が、一歩前に出る。
「殿下」
「我々は、すでに覚悟を決めています」
「王ではなく」
「あなたの背中を、守ると」
アレクは、深く息を吸った。
「……ありがとう」
それだけで、十分だった。
王都正門。
朝の光の中で、兵の隊列が動く。
王軍。
数は多い。
装備も整っている。
対するのは、王子軍。
数は劣る。
だが、動きに迷いがない。
門前に立つ王軍指揮官が、声を張り上げた。
「前進を止めよ!」
「王命により――」
「王命は、ここまでだ」
アレクが前に出る。
紋章を掲げ、名を名乗る。
「この軍は、俺が率いる」
「これ以上、民を殺させない」
王軍の列が、揺れる。
「……殿下?」
「なぜ……」
戸惑い。
躊躇。
だが、命令は命令だ。
「退け!」
指揮官が叫ぶ。
王軍が、動く。
――衝突。
剣と盾がぶつかり合い、
槍が交差する。
だが、殺気は薄い。
誰も、最初の一撃を致命にしたくない。
アレクは前線に立つ。
「押すな!」
「囲め!」
「倒すな、制圧だ!」
その声は、確かに指揮だった。
迅は、後方に立っていた。
剣に手をかけるが、抜かない。
(……今じゃない)
彼が出れば、均衡は一気に崩れる。
それは、まだ早い。
ルシェラは、市民の側に立つ。
戦場から外れた路地。
逃げ遅れた人々の前に、静かに立つ。
剣を振るわず、
威圧もせず、
ただ、ただ静かに立つ。
戦いは、拮抗していた。
王軍は数で押すが、
王子軍は連携で崩さない。
やがて、王軍の一角が動きを止める。
「……待て」
一人の兵が、剣を下ろした。
「相手は、王子だ」
「民を守ると言っている」
別の兵が、歯を食いしばる。
「だが、命令は――」
「命令が、正しいとは限らない」
その言葉が、裂け目を広げる。
王軍の指揮官が、叫ぶ。
「惑わされるな!」
「王に逆らう者は――」
「……誰が、王を裏切っている」
アレクの声が、戦場に響く。
「民を縛り、声を奪い」
「疑問を持つ者を消す」
「それが、王のやり方だ」
沈黙。
誰も、即座に否定できない。
戦場の端で、
迅はフォルの様子を見た。
耳が立ち、
牙を見せ、
低く唸っている。
アレクは、剣を構えたまま、叫ぶ。
「今日は、ここまでだ!」
王軍も、王子軍も、動きを止める。
だが、もう戻れない。
「この国は――」
「選び直せる」
アレクは、兵にも、市民にも向けて言った。
「俺は、逃げない」
「王子として、前に立つ」
市民は、まだ動かない。
怖いからだ。
だが――
見ている。
それで、十分だった。
王子軍は、旗を掲げた。
それは、戦争の旗ではない。
選択の旗だ。
王都の空に、初めて亀裂が走る。
均衡は、完全に崩れた。




