表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
77/103

『消えた声』

その家は、王都の外れにあった。


表通りから二本、路地を外れた場所。

壁の色は薄く、扉の蝶番は軋んでいる。

だが、荒れ果ててはいない。

生活の痕跡は、確かに残っていた。


「……ここだ」


アレクが足を止める。


「俺が知っている限り、

 “最後に声を上げた”市民の家だ」


迅は周囲を見回した。

人通りは少ない。

だが、完全に途絶えているわけでもない。


(……妙だな)


誰も近づこうとしない。

避けている、というより――

触れないようにしている。


ルシェラは、扉を見つめていた。


「……中に、誰かいる」


声は低い。

確信がある。


アレクは一度、拳を握りしめ、

そして、扉を叩いた。


「……失礼する」


反応は、すぐにあった。


鍵が外れる音。

扉が、ほんの少しだけ開く。


現れたのは、痩せた中年の女性だった。

目の下に、濃い影。

迅たちを見るなり、びくりと肩を震わせる。


「……何の用ですか」


声は、極端に小さい。


アレクは名乗らなかった。


「……この家の、主は」


言葉を選ぶ。


「以前、神殿に意見を出したと聞いた」


女の顔色が、一瞬で変わった。


「……帰ってください」


扉を閉めようとする手を、

アレクは止めなかった。


ただ、低く言う。


「もう……戻らないのか」


沈黙。


女は、ゆっくりと首を振った。


「……いなくなりました」


「捕らえられた?」


女は答えない。


「処刑された?」


沈黙が、長くなる。


ルシェラが一歩、前に出た。

だが、迅が視線だけで制した。


女は、絞り出すように言った。


「……理由は、聞かされていません」


「神殿からは?」


「……何も」


女の指が、震えている。


「ただ……

 “余計なことを言った”とだけ」


その言葉に、アレクの胸が強く打たれた。


「……余計なこと?」


「税が重すぎると、言っただけです」


女は、床を見つめたまま続ける。


「子どもが、飢えていると」

「……それだけ」


迅は、拳を握りしめる。


(……理由にもならない)


だが、ここでは理由は要らない。


女は、顔を上げた。

涙は出ていない。

もう、泣き尽くした後だ。


「主人は悪人ではありません。何も悪いことはしていない」


「それでも……

 “王の名”が出されました」


その瞬間、

通りの空気が、さらに冷えた。


「王の名が出た以上、

 それ以上、誰も何も言えないと」


女は、小さく笑った。


「……皆、そう言いました」


アレクは、唇を噛みしめた。


(……俺は)


(これを、知らなかった)


「……今も、待っているのか」


迅が、初めて口を開いた。


女は、少しだけ考え、

そして答えた。


「……待ってはいません」


その言葉が、重い。


「戻らないと、分かっているから」


沈黙が落ちる。


フォルが、低く唸った。

怒りではない。

哀しみだ。


アレクは、深く頭を下げた。


「……すまない」


女は、驚いたように目を見開く。


「あなたが、謝ることじゃ……」


「違う」


アレクは、はっきりと言った。


「これは……

 俺の国の、罪だ」


女は、何も言えなかった。


扉が閉まり、

三人は、再び路地に立った。


アレクは、その場から動かなかった。


「……記録は」


しばらくして、低く呟く。


「一切、残らない」


迅は頷く。


「“悪”と判定された時点で、

 存在ごと消される」


「裁判も、処刑の場もない」


アレクの声が、掠れる。


「……俺は、王子だ」


拳が、震えている。


「守る立場にいながら、

 何も……」


「今は、耐えろ」


迅の言葉は、冷たい。


だが、突き放してはいない。


「ここで暴れれば、

 彼女はもっと苦しむ」


アレクは分かっている。

だからこそ、苦しい。


ルシェラが、静かに言った。


「……声を上げた人間が、消える国」


その声には、怒りも嫌悪もない。


迅は、王城の方向を見る。


この国は、もう引き返せない地点に来ている。


アレクは、深く息を吸い、

拳を、ゆっくりと開いた。


「……次は」


声は、もう震えていない。


「俺が、動く」


それは、衝動ではない。

復讐でもない。


選択だった。


王都の空は、今日も澄んでいる。


だが、

ここではもう、

“消えた声”が戻ることはない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ