表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
76/99

『王都潜入』

王都の城門が見えたとき、近衛兵たちは誰一人として口を開かなかった。


列は乱れていない。

疲労も、動揺も表に出さない。


だが――

全員が、同じものを見てきた。


剣を抜かない戦い。

人を傷つけない力。

そして、

悪魔族でありながら、民を守る姿。


アレク・レイフォードは、隊の先頭で歩きながら、背後の気配を感じ取っていた。


(……分かっているな)


誰も、討伐失敗を悔やんでいない。


それが、答えだった。


城門をくぐる直前、アレクは足を止めた。


「ここでいい」


近衛隊長が一歩前に出る。


「殿下。

 我々は――」


「これ以上、俺の近衛を危険に晒すつもりはない」


はっきりとした言葉だった。


兵たちの間に、ざわめきは起きない。

代わりに、理解が広がる。


「討伐対象は確認できなかった」


アレクは続ける。


「極めて高い戦闘能力を持つ存在と接触したが、

 敵意はなく、王都方面へ向かった確証もない」


それは、

兵たちが見た事実だけを切り取った報告だった。


「この件は、俺が引き受ける」


近衛隊長が、低く頭を下げる。


「……我々も、殿下と同じ判断です」


一人が言い、

二人が続き、

やがて全員が、同じように頭を垂れた。


「迅殿とルシェラ殿は、

 討伐されるべき存在ではありません」


その言葉を聞いた瞬間、

アレクの胸の奥で、何かが静かに固まった。


「ならば――」


アレクは、ゆっくりと言う。


「今日のことは、忘れろ」


兵たちが顔を上げる。


「だが、いずれ思い出す日が来る」


意味は、説明しない。

それで十分だった。


「各自、通常任務に戻れ。

 俺は単独で、王に報告する」


近衛兵たちは、剣を胸に当て、揃って敬礼した。


「――御意」


それは、

王ではなく、アレク個人への忠誠だった。


王の間は、変わらず静謐だった。


玉座の国王は、報告を淡々と聞く。


「悪魔族と接触した、だと?」


「はい」


アレクは跪き、視線を伏せる。


「極めて高い能力を持ちますが、

 無差別殺戮の兆候は確認できませんでした」


国王の指が、わずかに止まる。


「……討伐は?」


「困難です」


それも、嘘ではない。


「追跡の途中で痕跡を見失いました。

 ただし――」


アレクは、言葉を慎重に選ぶ。


「王都方面へ向かった可能性は、否定できません」


沈黙。


国王は、ゆっくりと頷いた。


「ならば、王都の警戒を強めよ」


「はっ」


「お前が確認しろ、アレク」


その命令は、

監視であり、信頼でもあり、鎖でもあった。


「王都内部に潜んだ場合、

 混乱を招く前に処理せよ」


「承知しました」


アレクは頭を下げながら、理解していた。


(……これでいい)


近衛を巻き込まず、

迅たちを討伐せず、

それでいて王の疑念を逸らす。


――完全な嘘ではない。

だが、真実でもない。


翌日。


王都外縁、巡回の目が届きにくい林道。


アレクは一人、簡素な外套を纏って立っていた。

王子の装いではない。


ほどなくして、足音。


迅とルシェラ、そしてフォルが姿を現す。


「……兵はいないのね」


ルシェラが言う。


「近衛は、王都に残した」


アレクは答える。


「彼らは――

 お前たちを敵だとは思っていない」


迅の視線が、わずかに和らぐ。


「王には?」


「部分的に、報告した」


アレクは隠さない。


「俺は今、王の命令で動いている」


「追跡か?」


「表向きは、な」


アレクは一歩、王都の方を振り返る。


「だが実際は――

 この国を、もう一度見直す」


アレクは言う。


「この国の現状を見てほしい、表も、裏も。

 王都の“本当の姿”を」


迅は短く答える。


「……分かった」


王都の通りは、朝の光に満ちていた。


白い石畳。

整えられた建物。

行き交う人々の服装も、聖王国隣接の街とは明らかに違う。


「……さすが、王都ね」


ルシェラが静かに言う。


「昨日の街とは、別の国みたい」


「実際、そう思わせるために作られている」


アレクが前を歩きながら答えた。

声は抑えられているが、迷いはない。


「ここは“見せる都”だ」


迅は何も言わず、周囲を見渡す。


兵の配置。

巡回の間隔。

人の流れを邪魔しない立ち位置。


(……効率がいい)


威圧はしない。

だが、目に入る。

意識させる。


「兵が多いな」


迅が言うと、アレクは頷いた。


「治安維持、という名目だ。

 だが実際は……」


一瞬、言葉を選ぶ。


「“抑止”だ」


「抑止?」


ルシェラが首を傾げる。


「悪いことをしないように、見張ってる?」


「違う」


アレクは足を止めずに言う。


「悪いことを“考えないように”だ」


ルシェラの眉が、わずかに動く。


通りの中央で、神殿の使徒らしき者が演説をしていた。

内容は祝詞に近い。


神の加護。

王の恩寵。

秩序への感謝。


人々は足を止め、黙って聞いている。

拍手も、野次もない。


「……静かすぎるわね」


ルシェラの言葉に、アレクは小さく笑った。


「声を上げる必要がない国――

 そう思わせることが、理想だからな」


迅は演説を聞く人々の表情を見た。


信仰している顔ではない。

怒ってもいない。


(……考えていない顔だ)


「神殿は、ここでは“答え”を与える場所だ」


アレクが続ける。


「善悪の判定。

 正しい行い。

 間違った思想」


「……思想まで?」


ルシェラが低く言う。


「神殿の言葉は、王の言葉と同じだ。

 逆らえば――」


アレクは、そこで一度言葉を切った。


「“悪”になる」


迅の視線が、アレクに向く。


「罪じゃないのか」


「罪じゃない」


アレクは、はっきりと言った。


「罪なら、裁ける。

 だが“悪”は、裁かれる前に消える」


三人は、表通りから少し外れた場所に入った。

そこは整っているが、どこか色が薄い。


掲示板があり、布告が貼られている。


《不穏な言動に注意せよ》

《神殿への協力は義務である》


「……これも、見せるためか?」


迅が聞く。


「そうだ」


アレクは言う。


「王都では、罰よりも“前例”が使われる」


「前例?」


「一人、消えればいい」


ルシェラが足を止めた。


「……消える?」


アレクは振り返らない。


「記録には残らない。

 噂にもならない。

 家族は理由を聞かされない」


「それで、皆が黙る?」


「黙るんじゃない」


アレクの声が、少しだけ低くなる。


「“考えなくなる”」


迅は、先日見た街を思い出す。

声を出さない人々。

諦めた目。


(……あれは、外側)

(ここは、中心だ)


フォルが突然、足を止めた。

低く唸り、耳を伏せる。


「フォル?」


ルシェラが声をかける。


フォルは、王城の方向を見ている。

敵意ではない。

重さだ。


「……近い」


迅が呟く。


「何かが、ここを覆ってる」


アレクは、王城を見上げた。


高く、揺るがず、圧倒的な存在感。


「……王は、狂ってはいない」


独り言のように言う。


「恐怖で縛れば、国は壊れない。

 そう信じているだけだ」


「それが、正しいと思ってる?」


ルシェラが問う。


アレクは、少し黙ってから答えた。


「……思っていた」


迅は、そこで初めて口を挟む。


「今は?」


アレクは、拳を握りしめた。


「今は……分からない」


正直な答えだった。


「だが、一つだけ確かなことがある」


アレクは足を止め、二人を見る。


「この国は、声を失っている」


「それを、取り戻すには?」


迅の問いに、アレクはすぐ答えなかった。


代わりに、静かに言った。


「……だから、ここから先は」


王子としてではない。

案内人としてでもない。


「俺自身が、確かめる」


ルシェラは、その横顔を見つめる。


自分の国を疑い、

自分の父を疑い、

それでも歩く覚悟。


(……これは、外から壊す話じゃない)


迅は、王城へと続く道を見た。


(ここから先は)

(誰かを守る戦いじゃない)


選択の話だ。


フォルが、静かに一歩前へ出る。

危険は増している。

だが、逃げるべきではない。


王都は、変わらず美しかった。


その美しさが、

これほど歪んで見えたことはない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ