『王子の選択』
剣が収められたあとの沈黙は、戦闘中よりも重かった。
通りの中央。
倒れたままの兵たちは、動かず、声も出さない。
住人たちは遠巻きに様子をうかがい、誰も近づこうとしない。
アレク・レイフォードは、迅の正面に立っていた。
剣は鞘にある。
だが、覚悟は抜き身のままだ。
「……改めて名乗ろう」
彼は一度、背筋を正した。
「アレク・レイフォード。
聖王国第一王子だ」
その名に、ざわりと空気が揺れる。
だが迅は表情を変えない。
「迅だ」
それだけ。
身分も称号も、今は関係ない。
アレクは一瞬、言葉を探し、
そしてはっきりと言った。
「……謝罪する、申し訳なかった。」
討伐隊の兵が、息を呑む。
「俺は、君たちを試した。
討伐という名目で、戦いを仕掛けた」
視線が、迅からルシェラへ移る。
「それは……卑怯なやり方だった」
ルシェラは答えない。
だが、視線を逸らしもしない。
アレクは続けた。
「だが、その結果――分かった」
一拍、置く。
「君は、討伐対象ではない」
はっきりとした宣言。
「悪魔族であるかどうかではなく、
“何をしてきたか”で判断するなら――
君は、裁かれる側ではない」
ルシェラの指先が、わずかに動いた。
誰かが。
人間が。
自分を“敵ではない”と口にした。
迅は静かに問う。
「それで、終わりか?」
アレクは首を振る。
「終わらない」
その声は、強い。
「……俺は、王子だ。
聖王国の現実を、知っている」
アレクは通りの両脇を見た。
整えられた表通り。
その向こうにある、貧困と沈黙。
「国王は独裁者だ。
だが、最初から暴君だったわけじゃない」
迅は黙って聞く。
「恐怖によって秩序を保てば、
国は壊れないと信じた。
神殿と結び、善悪を制度にした」
アレクの声に、苦みが混じる。
「……だが、その制度は歪んだ」
神殿は判定を独占し、
権力者はそれを利用し、
民は声を上げる術を失った。
「不満はある。
だが、反抗すれば“悪”と判定される」
それは、処刑よりも恐ろしい。
「誰も、正義を口にできなくなった」
迅の胸に、街で見た光景が重なる。
声を出さない人々。
諦めた目。
「……王を倒す必要がある」
アレクは、はっきりと言った。
「殺す、という意味じゃない。
だが――
今の王を、このままにしておくことはできない」
王子としての言葉ではない。
一人の人間としての決意だ。
「俺一人では、無理だ」
その言葉を、アレクは噛みしめるように言った。
「兵は王に忠誠を誓っている。
神殿も同じだ。
正面から刃を向ければ、内乱になる」
迅は、そこで初めて口を開いた。
「……だから、俺たちか」
アレクは頷く。
「あなたは、殺さずに制圧できる。
善悪を、制度ではなく“本質”で見る」
その目は、真剣だった。
「国を救うには――
王を“倒す力”が必要だ」
沈黙。
迅はすぐに答えなかった。
軽く頷けばいい話ではない。
国を壊す話だ。
そして、再構築する話だ。
ルシェラは、そのやり取りを静かに見ていた。
自分たちで。
王を。
制度を。
壊す覚悟を、語っている。
外から壊すのではない。
内部から、選択として。
「迅」
ルシェラが、低く呼ぶ。
迅は彼女を見る。
「……この人間は、本気よ」
感情は、まだ少ない。
だが、確信がある。
迅は、アレクに視線を戻した。
「分かった」
短い言葉。
だが、その重みは大きい。
「俺は、王を殺さない。
だが――
歪んだものを、元に戻す手助けはする」
アレクの目が、わずかに見開かれる。
「……いいのか」
「簡単な話じゃない」
迅は言う。
「でも、放っておけば、
また誰かが泣く」
アレクは、深く頭を下げた。
王子としてではない。
一人の人間として。
「……感謝する」
ルシェラは、その姿を見つめていた。
(……人間も)
変われるのかもしれない。
自分たちの手で。
壊す覚悟を持つなら。
フォルが、静かに尻尾を揺らした。
空気が、ほんの少しだけ和らぐ。
――ここから先は、
戦いではない。
選択の話だ。




