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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

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『討伐隊との邂逅』

石畳の通りに、硬い足音が響いた。


整列した鎧の列。

掲げられた聖王国の紋章。

住人たちは一瞬で空気を察し、道の端へと身を寄せる。


ざわめきは、すぐに消えた。


「――聖王国近衛討伐隊だ」


先頭に立つ青年が、よく通る声で告げる。

年若いが、姿勢に迷いがない。

剣は抜いていない。

だが、いつでも抜ける位置にある。


迅は足を止め、ルシェラとフォルを背に庇う位置に立った。


(……来たか)


予想していたより、早い。


「我々は“悪魔族”の討伐に来た」


青年――アレク・レイフォードは、迅をまっすぐに見据えた。


「貴様が連れている銀髪の女。

 聖王国の法により、討伐対象と認定されている」


住人たちが、息を呑む。

視線が一斉にルシェラへ集まる。


ルシェラは動かない。

表情も変えない。

ただ、迅の背中を見ていた。


「……」


迅は剣に手を伸ばさない。


「違うな」


静かな否定。


「彼女は、誰も殺していない」


「関係ない」


アレクは一歩踏み出す。


「悪魔族であること自体が、罪だ」


その言葉に、迅の目が細くなる。


(……なるほど)


これは対話ではない。

これは、確認だ。


「剣を抜け」


アレクは言った。


「抵抗しなければ、その場で拘束する。

 抵抗すれば――討伐だ」


迅はため息をつく。


「……剣を抜く理由がない」


アレクの眉がわずかに動いた。


「ならば――力ずくで確かめる」


合図とともに、討伐隊が動く。

だが、統率は取れている。

無闇に囲まず、民間人のいる方向を避ける布陣。


(……訓練されてる)


迅は一瞬で判断し、前に出た。


最初の兵が踏み込んだ瞬間、

迅は半身になり、剣を持つ手首を打つ。


鈍い音。

剣が地面に落ちる。


次の瞬間、肘。

腹。

足払い。


三人が倒れる。


「なっ……!」


ざわめきが起こる。


迅は兵を殴り倒しながら、心の中で繰り返す。


力を使えば、終わる。

だがそれでは、意味がない。


――“殺さずに制圧できる”ことを。


アレクは、その動きを一瞬も見逃さなかった。


(剣を抜かない。

 急所を避けている。

 致命打がない……)


迅の戦い方は、討伐ではない。

制圧だ。


その背後で、ルシェラが動いた。


兵の一人が回り込み、住人の方向へ押し出される。

子どもが悲鳴を上げた。


その瞬間。


ルシェラは兵の前に立ち、

掌を翳した。


衝撃は、来ない。


ただ、空気が“押し返される”。


兵は壁に叩きつけられたが、

骨も折れていない。


「……通さない」


低い声。

怒りはない。

だが、確固たる意志がある。


兵が怯えた顔で見上げる。


アレクは目を細めた。


(殺意が、ない)


悪魔族の力だ。

圧倒的で、恐ろしい。

だが――


(守るために使っている)


フォルが吠え、兵の前に立ちはだかる。

牙を見せるが、飛びかからない。

ただ、進路を塞ぐ。


「……なんだ、こいつら」


兵の声が震える。


迅は最後の一人を地面に伏せさせ、息を吐いた。


「終わりだ」


討伐隊は全員、戦闘不能。

だが、誰一人死んでいない。


石畳に倒れ伏す兵たちの息遣いが、重なって聞こえる。


誰も死んでいない。

致命傷もない。


迅は最後に倒した兵から一歩離れ、ゆっくりと両手を下ろした。

肩で息をするが、剣には最後まで触れていない。


通りに、沈黙が落ちた。


住人たちは身を寄せ合い、恐る恐る様子をうかがっている。

逃げ出す者はいない。

誰も巻き込まれていないからだ。


「……まだやるか?」


迅の声は低く、しかしはっきりしていた。


その言葉に、討伐隊の動きが完全に止まる。

誰も立ち上がれない。

だが――恐怖よりも、困惑が勝っている。


(殺されなかった)


その事実が、兵たちの思考を縛っていた。


アレク・レイフォードは、少し離れた位置からその光景を見ていた。


(剣を抜いていない)

(致命打を避けている)

(民間人を一切、巻き込んでいない)


迅の動きは一貫していた。

力の差を見せつけるためでも、威圧のためでもない。


――抑えるためだけの戦い。


アレクは視線を横に移す。


銀髪の女――ルシェラ。


彼女は迅の背後、半歩後ろに立っている。

前に出すぎず、下がりすぎず。

まるで「盾」と「支え」を同時に担う位置。


一人の兵が、体勢を崩して住人の方へ倒れ込みそうになった。


その瞬間。


ルシェラが一歩、踏み出した。


掌を向ける。

魔力が走る――が、殺気はない。


兵の身体は空気に押され、地面に転がる。

衝撃はあるが、骨は折れていない。


アレクの胸に、はっきりとした違和感が生まれた。


悪魔族ではあるが……


フォルが前に立ち、低く唸る。

牙は見せるが、飛びかからない。

ただ、越えさせない。


「……」


迅は、アレクをまっすぐ見た。


「どうする?」


挑発ではない。

確認だ。


アレクは、剣の柄に手をかけたまま動かなかった。


(今、ここで剣を振るう理由はない)


民は無事。

部下も生きている。

そして――


(殺意が、ない)


迅にも、ルシェラにも。


アレクは、ゆっくりと息を吐いた。


「……」


剣を抜いたままでは、話はできない。


彼は、はっきりとした動作で、

剣を鞘に収めた。


金属音が、通りに響く。


兵たちがざわめく。


「殿下……?」


「下がれ」


短い命令。


「戦闘は、ここまでだ」


誰も反論しない。

できない。


アレクは一歩前に出て、迅の正面に立つ。


距離は近い。

だが、もう敵意はない。


「理由を聞かせろ」


討伐隊は全員、戦闘不能。

だが、誰一人死んでいない。


住人たちが、恐る恐る顔を上げる。


「……貴様は、なぜ剣を抜かない」


迅は答える。


「抜く必要がないからだ」


「討伐されると分かっていて?」


「それでもだ」


アレクは、ルシェラを見る。


彼女は、迅の少し後ろに立っている。

盾のように。

それでいて、彼の背を預ける位置。


「……なぜ、守る」


その問いは、命令ではなかった。

純粋な疑問だった。


迅は一瞬、言葉を探す。


「理由はいらない」


そして、はっきりと言った。


「彼女は、裁かれる存在じゃない」


アレクの胸に、その言葉が残る。


(……裁く)


この男は、王でも神官でもない。

だが、善悪を語る資格があるように見える。


アレクは剣の柄に手を置き、

――そして、離した。

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