『討伐隊との邂逅』
石畳の通りに、硬い足音が響いた。
整列した鎧の列。
掲げられた聖王国の紋章。
住人たちは一瞬で空気を察し、道の端へと身を寄せる。
ざわめきは、すぐに消えた。
「――聖王国近衛討伐隊だ」
先頭に立つ青年が、よく通る声で告げる。
年若いが、姿勢に迷いがない。
剣は抜いていない。
だが、いつでも抜ける位置にある。
迅は足を止め、ルシェラとフォルを背に庇う位置に立った。
(……来たか)
予想していたより、早い。
「我々は“悪魔族”の討伐に来た」
青年――アレク・レイフォードは、迅をまっすぐに見据えた。
「貴様が連れている銀髪の女。
聖王国の法により、討伐対象と認定されている」
住人たちが、息を呑む。
視線が一斉にルシェラへ集まる。
ルシェラは動かない。
表情も変えない。
ただ、迅の背中を見ていた。
「……」
迅は剣に手を伸ばさない。
「違うな」
静かな否定。
「彼女は、誰も殺していない」
「関係ない」
アレクは一歩踏み出す。
「悪魔族であること自体が、罪だ」
その言葉に、迅の目が細くなる。
(……なるほど)
これは対話ではない。
これは、確認だ。
「剣を抜け」
アレクは言った。
「抵抗しなければ、その場で拘束する。
抵抗すれば――討伐だ」
迅はため息をつく。
「……剣を抜く理由がない」
アレクの眉がわずかに動いた。
「ならば――力ずくで確かめる」
合図とともに、討伐隊が動く。
だが、統率は取れている。
無闇に囲まず、民間人のいる方向を避ける布陣。
(……訓練されてる)
迅は一瞬で判断し、前に出た。
最初の兵が踏み込んだ瞬間、
迅は半身になり、剣を持つ手首を打つ。
鈍い音。
剣が地面に落ちる。
次の瞬間、肘。
腹。
足払い。
三人が倒れる。
「なっ……!」
ざわめきが起こる。
迅は兵を殴り倒しながら、心の中で繰り返す。
力を使えば、終わる。
だがそれでは、意味がない。
――“殺さずに制圧できる”ことを。
アレクは、その動きを一瞬も見逃さなかった。
(剣を抜かない。
急所を避けている。
致命打がない……)
迅の戦い方は、討伐ではない。
制圧だ。
その背後で、ルシェラが動いた。
兵の一人が回り込み、住人の方向へ押し出される。
子どもが悲鳴を上げた。
その瞬間。
ルシェラは兵の前に立ち、
掌を翳した。
衝撃は、来ない。
ただ、空気が“押し返される”。
兵は壁に叩きつけられたが、
骨も折れていない。
「……通さない」
低い声。
怒りはない。
だが、確固たる意志がある。
兵が怯えた顔で見上げる。
アレクは目を細めた。
(殺意が、ない)
悪魔族の力だ。
圧倒的で、恐ろしい。
だが――
(守るために使っている)
フォルが吠え、兵の前に立ちはだかる。
牙を見せるが、飛びかからない。
ただ、進路を塞ぐ。
「……なんだ、こいつら」
兵の声が震える。
迅は最後の一人を地面に伏せさせ、息を吐いた。
「終わりだ」
討伐隊は全員、戦闘不能。
だが、誰一人死んでいない。
石畳に倒れ伏す兵たちの息遣いが、重なって聞こえる。
誰も死んでいない。
致命傷もない。
迅は最後に倒した兵から一歩離れ、ゆっくりと両手を下ろした。
肩で息をするが、剣には最後まで触れていない。
通りに、沈黙が落ちた。
住人たちは身を寄せ合い、恐る恐る様子をうかがっている。
逃げ出す者はいない。
誰も巻き込まれていないからだ。
「……まだやるか?」
迅の声は低く、しかしはっきりしていた。
その言葉に、討伐隊の動きが完全に止まる。
誰も立ち上がれない。
だが――恐怖よりも、困惑が勝っている。
(殺されなかった)
その事実が、兵たちの思考を縛っていた。
アレク・レイフォードは、少し離れた位置からその光景を見ていた。
(剣を抜いていない)
(致命打を避けている)
(民間人を一切、巻き込んでいない)
迅の動きは一貫していた。
力の差を見せつけるためでも、威圧のためでもない。
――抑えるためだけの戦い。
アレクは視線を横に移す。
銀髪の女――ルシェラ。
彼女は迅の背後、半歩後ろに立っている。
前に出すぎず、下がりすぎず。
まるで「盾」と「支え」を同時に担う位置。
一人の兵が、体勢を崩して住人の方へ倒れ込みそうになった。
その瞬間。
ルシェラが一歩、踏み出した。
掌を向ける。
魔力が走る――が、殺気はない。
兵の身体は空気に押され、地面に転がる。
衝撃はあるが、骨は折れていない。
アレクの胸に、はっきりとした違和感が生まれた。
悪魔族ではあるが……
フォルが前に立ち、低く唸る。
牙は見せるが、飛びかからない。
ただ、越えさせない。
「……」
迅は、アレクをまっすぐ見た。
「どうする?」
挑発ではない。
確認だ。
アレクは、剣の柄に手をかけたまま動かなかった。
(今、ここで剣を振るう理由はない)
民は無事。
部下も生きている。
そして――
(殺意が、ない)
迅にも、ルシェラにも。
アレクは、ゆっくりと息を吐いた。
「……」
剣を抜いたままでは、話はできない。
彼は、はっきりとした動作で、
剣を鞘に収めた。
金属音が、通りに響く。
兵たちがざわめく。
「殿下……?」
「下がれ」
短い命令。
「戦闘は、ここまでだ」
誰も反論しない。
できない。
アレクは一歩前に出て、迅の正面に立つ。
距離は近い。
だが、もう敵意はない。
「理由を聞かせろ」
討伐隊は全員、戦闘不能。
だが、誰一人死んでいない。
住人たちが、恐る恐る顔を上げる。
「……貴様は、なぜ剣を抜かない」
迅は答える。
「抜く必要がないからだ」
「討伐されると分かっていて?」
「それでもだ」
アレクは、ルシェラを見る。
彼女は、迅の少し後ろに立っている。
盾のように。
それでいて、彼の背を預ける位置。
「……なぜ、守る」
その問いは、命令ではなかった。
純粋な疑問だった。
迅は一瞬、言葉を探す。
「理由はいらない」
そして、はっきりと言った。
「彼女は、裁かれる存在じゃない」
アレクの胸に、その言葉が残る。
(……裁く)
この男は、王でも神官でもない。
だが、善悪を語る資格があるように見える。
アレクは剣の柄に手を置き、
――そして、離した。




