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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

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『幸せではない国』


街の門は、開け放たれていた。


高い城壁も、厳重な検問もない。


出入りする人々の足取りは早く、商人の呼び声が通りに響く。

石畳は整い、建物の外壁も新しく塗り直されている。


一見すれば――

豊かで、平和で、問題のない街だった。


「……にぎやかね」


ルシェラが、ぽつりと言った。


声音はいつも通り淡々としているが、

昨日までの棘は、わずかに丸くなっている。


胸元のローブの内側。

そこにしまわれた小さなお守りの存在を、

彼女自身が意識しているせいかもしれない。


「表通りだけ、な」


迅は周囲を見回しながら答えた。


屋台には果物やパンが並び、

笑顔で金を払う人々がいる。

子どもが走り、老人が日向で話し込む。


平和な光景だ。


けれど――

迅の視線は、通りの端へと向いていた。


路地の奥。

建物の影。

そこに、目を伏せたまま立つ人々がいる。


服は擦り切れ、靴は合っていない。

誰も声を上げない。

屋台の前を通っても、手を伸ばそうとしない。


(……なるほどな)


直接的な悪は、ここにはいない。

剣を振るう敵も、怒号を上げる支配者も見えない。


だが、空気が重い。


「フォル」


迅が小さく呼ぶと、先を歩いていたフォルが立ち止まり、鼻をひくつかせた。

耳がぴくりと動き、尾がわずかに下がる。


――警戒。


フォルは、嘘や恐怖に敏感だ。

敵意がなくても、

“安全ではない場所”を感じ取る。


「……変な匂い?」


ルシェラが問いかける。


「匂いじゃない。気配だ」


迅は低く答えた。


「人が……諦めてる」


その言葉に、ルシェラの足が止まった。


諦める。

それは、彼女にとって最も馴染みのある感情だった。

封印の中で、染み込んだ感覚。


「……でも、ここは戦場じゃない」


「だからだ」


迅は言う。


「戦わなくても、人は壊れる」


二人が裏路地へ足を踏み入れると、

空気は一変した。


石畳は割れ、ゴミが溜まり、

建物の壁には古い張り紙が剥がれ残っている。


《施しは神殿へ》

《無許可の物乞いは禁止》


文字はかすれ、

何度も塗り潰された跡がある。


その下に、座り込む母親と子どもがいた。

子どもは痩せ、母親の腕に力はない。

だが、誰にも助けを求めていない。


迅が近づくと、母親ははっとして身をすくめた。


「……すみません、何もしていません」


その言葉に、迅は眉を寄せる。


「責めてない。ただ――」


言いかけて、止めた。


何を言えばいい?

「大丈夫」か?

「助ける」か?


ここで金を渡しても、

今日を生き延びるだけだ。

構造は何も変わらない。


(……これが、国か)


剣で斬れない悪。

判定しても、処刑できない歪み。


ルシェラはその光景を、じっと見ていた。


憎しみが湧かない。

怒りもない。


代わりに、胸の奥が冷える。


「……敵じゃないのに」


彼女の声は、低く震えていた。


「誰も、争ってない。

 なのに……苦しんでる」


迅は、ゆっくりと頷く。


「国が、そうさせてる」


「……国?」


ルシェラは、その言葉を噛みしめる。


人でも、神でも、魔でもない。

もっと曖昧で、逃げ場のある存在。


「……厄介ね」


「うん。だから、すぐには壊れない」


フォルが、二人の間に割って入るように立ち、

路地の奥を睨んだ。


遠くで、鎧の擦れる音。

巡回兵だ。


母親は子どもを抱き寄せ、

目を伏せる。


兵は一瞥だけくれて、何も言わずに通り過ぎた。

救いもしない。

責めもしない。


ただ、見なかったことにする。


ルシェラの指が、無意識に胸元のお守りに触れた。


(……昨日の子どもたちなら)


あの子たちは、泣いて、叫んで、

それでも生きようとしていた。


ここにいる人たちは、

泣くことすら、諦めている。


「……ねぇ、迅」


「ん?」


「この国は……幸せ?」


迅は少し考え、

そして首を横に振った。


「少なくとも、自由じゃない」


ルシェラはそれを聞いて、静かに息を吐いた。


「……私が知ってる地獄と、似てる」


二人は再び歩き出す。


表通りへ戻ると、喧騒が戻ってくる。

笑顔と、音楽と、商売の声。


だが、もう――

それが“全部”ではないと、分かってしまった。


ルシェラは街の中央に掲げられた紋章を見上げる。

聖王国の印。


「……国って」


ぽつりと、零れる。


「人より、怖いものなのね」


迅は答えない。

代わりに、前を見据えた。


この先に、

剣を抜くべき相手がいる。


だがそれは、

今日、斬れるものではない。


フォルが小さく鳴き、

街の奥へと進んでいった。

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