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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

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『裁きの剣』

地下牢に広がる重たい空気は、

すでに“祈り”の名を失っていた。


足音が増え、鎧の擦れる音が石壁に反響する。

神殿兵たちが、通路の両端から現れた。


「侵入者を排除せよ」


短く、冷たい命令。


迅は前に出た。

剣はまだ鞘の中。

だが、その背中は揺るがない。


「ここにいる人たちは、全員冤罪だ」

「判定は偽装されている。解放しろ」


神官服を着た男が、兵の後ろから姿を現した。


細い目、作り笑い。


祈りの言葉より、計算が先に浮かぶ顔。


「お前ごときが口出しすることではない」


「神殿の記録が黒と告げている。

 それ以上の真実が、どこにある?」


迅は静かに一歩踏み出す。


「……ある。俺が見た」


神官は嗤った。


「見た? 何をだ」

「お前の“勘”か? それとも“魔族”の囁きか?」


背後で、檻の中の子どもが小さく息を呑む。


ルシェラは一歩も動かない。

ただ、迅の横顔を見ていた。


迅は胸に手を当てる。

淡い光が、脈打つように広がった。


「《善悪判定》──対象:神官」


空気が震える。

数値ではない“本質”が、迅の内に流れ込む。


──【判定:極悪】

──【本質:虚偽/搾取/売買/恐怖の支配】

──【行為:判定偽装/収監指示/処刑名目の人身売買】


迅の呼吸が、わずかに荒くなった。


(……ここまで、汚れている)


神官の笑みが一瞬、凍りつく。


「……何を黙っている」

「答えろ!!」


迅は剣の柄に手をかけた。

その所作は、祈りのように静かだった。


「お前は、“処刑対象”だ」


神官の声が裏返る。


「戯言を!」

「神殿を敵に回す気か!」


兵たちが一斉に前へ出る。

迅は剣を抜いた。


──澄んだ金属音。


「退け。お前たちは“悪ではない”」


兵の一人が叫ぶ。


「命令に従え! 侵入者を斬れ!」


迅は踏み込んだ。


最初の一閃は、峰。

腕を打ち、剣を落とさせる。


次の動きは速い。

足を払う、肘を打つ、喉元で止める。

刃は常に“致命を外す”。


「ぐっ……!」

「な、何だこの動き……!」


迅は殺さない。

迷いなく、だが容赦なく制圧する。


神殿兵の一人が、

混乱の中で地下牢の奥へと視線を向けた。


「……チッ、逃がすな。

 子どもを人質にしろ」


その声を、ルシェラは聞き逃さなかった。


兵が剣を構え、

檻の前へ踏み込もうとした瞬間――


「――――やめなさい」


低く、しかしはっきりとした声。


次の瞬間、

ルシェラは一歩前に出ていた。


神殿兵と子どもたちの間に、

迷いなく立ちはだかる。


銀髪が静かに揺れ、

紫の瞳が、まっすぐ兵を射抜く。


「その子たちに、触れないで」


兵は一瞬、言葉を失った。


「……どけ、悪魔族。

 神殿の命令だ」


ルシェラは微動だにしない。


「命令?

 そんなもの――この子たちには関係ない」


背後で、子どもたちが小さく息を呑む。


「……おねえちゃん……?」


震える声。


ルシェラは振り返らず、

それでも、声だけを柔らかく落とした。


「大丈夫。

 ここから先は、私が通さない」


兵が歯噛みし、剣を振り上げる。


その瞬間――


空気が、重く沈んだ。


ルシェラの威圧が、

鋭くではなく、覆うように広がる。


怒りでも、憎しみでもない。


ただ、

「これ以上、踏み込むな」という

守る意志だけの圧力。


兵の足が、止まった。


「……っ、体が……!」


剣が、床に落ちる。


ルシェラは一歩も前に出ない。

攻撃もしない。


ただ、壁になる。


迅はその光景を横目で見て、

一瞬だけ、ほんの一瞬だけ――

息を呑んだ。


(……ルシェラ……)


子どもたちは、

いつの間にかルシェラの背後に集まっていた。


小さな手が、

彼女の服の裾を掴む。


「……こわい……」


その声に、

ルシェラの指先がわずかに震えた。


「……私が、ここにいる」


それだけを告げ、

再び前を向く。


迅はその背中を見て、

剣を強く握り直した。


そこから先は一瞬で制圧。


通路に倒れる兵が増え、

最後に残ったのは神官だけ。


神官は後退り、壁に背を打ちつけた。


「待て……! 取引をしよう!」

「金も、情報も出す!」


迅は首を振った。


「取引はしない」

「お前は、子どもを“物”として売った」


神官が叫ぶ。


「世界はそうやって回っている!」

「恐怖を与え、秩序を保つ! それが神殿だ!」


迅の瞳が、静かに冷える。


「違う」

「秩序は、弱者を踏みつけて作るものじゃない」


神官が短剣を抜き、

最後の悪あがきで突進する。


迅は一歩、半身になる。

刃を受け流し、一瞬で距離を詰めた。


「……終わりだ」


剣が走る。

鋭く、一直線に。


神官は崩れ落ちた。

祈りの言葉は、最後まで出なかった。


静寂。


迅は剣を下ろし、

倒れた兵たちを一瞥した。


「……生きて帰れ」

「ここで見たものを、忘れるな」


兵たちは、答えられなかった。

ただ、震えながら頷いた。


迅は檻へ向かい、鍵を壊す。


「出られる。全員だ」


人々が、恐る恐る外へ出る。

子どもが泣き、抱き合い、

大人が膝をつく。


迅が振り返る。


「……終わった」


ルシェラは、静かに頷いた。


「ええ」


地下牢に、朝の光が差し込み始める。


裁きの剣は、

“救うため”に振るわれたのだ。

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