『神殿の地下牢』
神殿は、街の北端に静かにそびえていた。
白い石で組まれた外壁は一見すると清廉で、
夜の月明かりを受けて静かに輝いている。
だが、その佇まいはどこか“閉じて”いた。
祈りの場であるはずの場所に、
人を拒む空気が漂っている。
フォルが低く喉を鳴らした。
「……ここだな」
迅は小さく頷き、神殿の裏手へと回り込む。
表の門は固く閉ざされ、
兵が巡回している気配があったが、
裏手にはほとんど人影がない。
「地下に続く気配があるわ」
ルシェラが壁に手を当て、静かに言う。
微かだが、魔力の流れが下へ沈んでいる。
迅は短く答えた。
「……行こう」
二人と一匹は、崩れかけた石段を下り、
神殿の地下へと足を踏み入れた。
──空気が、重い。
湿った石の匂い。
かすかな鉄の臭い。
そして……押し殺された、複数の呼吸音。
「……人が、いる」
ルシェラの声が低くなる。
地下牢だった。
細い通路の両側に、
鉄格子の並ぶ小部屋が連なっている。
その中には──
大人。
老人。
そして、子ども。
皆、痩せ細り、怯えた目でこちらを見ていた。
「……神殿が、こんなことを……」
迅の拳が無意識に強く握られる。
一人の男が、鉄格子越しに震える声で話しかけてきた。
「……旅人さん……?
お願いだ……俺たちは悪くない……
“判定”で黒寄りだと言われただけなんだ……!」
別の牢から、少女の泣き声が聞こえる。
「お母さん……帰りたい……」
ルシェラは一歩前に出かけて、足を止めた。
目の前の光景が、胸の奥を強く締めつける。
迅は深く息を吸い、静かに言った。
「……一人ずつ、確かめる」
胸元に手を当てる。
淡い光が広がり、
迅のスキルが起動する。
「《善悪判定》──対象、収容者」
最初に視線を向けたのは、
先ほど声をかけてきた中年の男。
光が揺らぎ、情報が流れ込む。
──【判定:悪ではない】
──【本質:家族を守ろうとした結果の衝突/恐怖】
迅の表情が強張る。
「……冤罪だ」
次の牢。
老婆。
──【判定:悪ではない】
──【本質:祈り/喪失/孫への想い】
──【判定理由:近隣住民の告発(根拠なし)】
その隣。
まだ幼い少年。
──【判定:悪ではない】
──【本質:無垢/恐怖/母の記憶】
──【偽装理由:年齢による“将来リスク”】
迅は歯を食いしばった。
「……全部、嘘だ」
次々と判定を重ねるたび、
“悪”と呼ばれた理由が、いかに杜撰で、
いかに人の都合で作られたものかがあらわになる。
「恐れているから」
「不安だから」
「皆がそう言ったから」
それだけで、
人は“悪”にされ、ここに放り込まれていた。
ルシェラは黙って、
檻の中の子どもたちを見つめている。
一人の小さな少年が、
おずおずと彼女を見上げた。
「……おねえちゃん……
ぼく……悪い子……?」
ルシェラの胸が、きゅっと縮む。
答えられない。
言葉が、喉につかえる。
代わりに迅が、はっきりと言った。
「違う。
君は悪くない」
少年の目が、大きく見開かれる。
「……ほんと……?」
迅は頷く。
「俺が確かめた。
君は、悪じゃない」
その瞬間、
少年の目から涙が溢れた。
「……よかった……!」
その泣き声を聞いた瞬間、
ルシェラの中で、何かが小さく震えた。
(……この子たちを……
このままには、できない……)
地下牢の奥で、
鉄の扉が軋む音が響く。
「誰だ、そこにいるのは」
神殿兵だ。
迅はゆっくりと立ち上がり、
静かに剣の柄に手をかけた。
「……囚われている人たちは、全員冤罪だ。
ここは、牢獄じゃない」
兵は鼻で笑う。
「神殿の判定に逆らう気か?
記録に黒とあれば、それが全てだ」
迅は冷たく答えた。
「違う。
“記録”が嘘をついている」
兵が剣を抜く。
「なら……お前も同罪だ!」
その瞬間、フォルが低く吠え、
通路の奥から足音が増えた。
迅は振り返り、
檻の中の人々を見渡した。
「……必ず、ここから出す。
全員だ」
その声には、迷いがなかった。
地下牢に、緊張が張り詰める。
闇の底で、
小さな希望の灯が、確かに揺れていた。




