『処刑前の子どもたち』
迅たちは神殿がある街へと向かった。
街へ入った瞬間、空気がよどんでいるのを感じた。
人々は声を潜め、道の端を急ぐように歩き、
誰もが“何か”を恐れている。
風が吹いても埃一つ舞わない、妙な静けさの街だ。
フォルがピクリと耳を立てた。
「フォル、何か聞こえるのか?」
迅が身を屈めて問うと、
フォルは鼻を鳴らし、南の方角をじっと見つめた。
その時──
薄暗い路地から、囁くような声が聞こえてきた。
「……また今日も子どもが連れていかれたらしい」
「神殿の“判定”だろ? 逆らえねえよ」
「でも、あの子が悪いなんて……絶対に……」
人々は不安と諦念を混ぜた顔で通り過ぎる。
迅は眉をひそめ、ルシェラとフォルに目を向けた。
「……ルシェラ、行こう。つかめる手がかりは少しでも拾っておくべきだ」
「……どうせ、また人間の醜い騒ぎでしょう」
言葉とは裏腹に、ルシェラは歩みを止めない。
その瞳は、切れそうで切れない細い糸のように揺れていた。
──街の中心、古ぼけた井戸のそば。
老婆がひっそりと腰掛け、震える声で話してくれた。
「……二ヶ月前からだよ。
神殿の兵が“悪判定の子どもたち”を次々と連れていくんだ。
泣き叫んでも、親が抗議しても……誰も助けてくれない」
迅は静かに問う。
「その判定、本当に正しいと思いますか?」
老婆は力なく首を振った。
「……あたしは信じないよ。
悪事なんてしない子ばかりだった。
なのに……連れていかれた子は、もう戻らない」
ルシェラの手がわずかに震える。
「……戻らないって、どういう意味?」
老婆は口をつぐんだ。
その沈黙が、何より残酷な答えだった。
フォルが低く唸る。
「フォルが何か感じてる……?」
迅がそっと背中に触れると、
フォルは首を傾げ、街の北側──神殿の方向を向いた。
その目が告げている。
──あそこに“泣いている声”がある。
迅は立ち上がった。
「……行こう、ルシェラ。」
ルシェラは硬い声で答える。
「勝手にすれば。
……でも、やるなら最後までやりなさい。中途半端は嫌い」
迅は小さく笑った。
「もちろん」
──歩き出そうとしたその矢先、
背後から小さな影が飛び出してきた。
「待って! お兄ちゃんお姉ちゃん!!」
幼い少女だ。ボロボロのワンピースを着て、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら訴える。
「お願い! 弟を助けて!
昨日、神殿に連れて行かれたの!!
悪いことなんて何もしてないのに……!」
少女の手は、震えながら迅の服をつかんでいた。
迅はしゃがみ込み、優しく目線を合わせる。
「弟さんの名前は?」
「ヒバル……まだ六歳なの……」
その瞬間だった。
フォルが少女に近づき、そっと鼻先を少女の手に押し当てる。
泣き声に反応したように。
少女は驚き、だが次の瞬間──ふっと表情が和らいだ。
「……ありがとう、白い狼さん……」
ルシェラはその光景を見て、目をそらした。
少女が顔を上げ、ルシェラを見た。
ほんの一瞬、怯えが走る。
だがすぐに──少女は必死に勇気を振り絞った表情をつくった。
「……お姉ちゃんも、弟を助けてくれるの?」
ルシェラは息を止めた。
自分に“助けを求める眼差し”を向けてくる人間など、
いなかった。
返事ができないルシェラに、迅が静かに言う。
「ルシェラは……優しいよ。
だからきっと、ヒバルを救ってくれる」
ルシェラの心が揺れる。
胸の奥に、暖かくて、苦しくて、
どうしようもなく切ない何かが広がった。
「……っ、勝手に決めないでよ……」
そう言いながらも、声は震えていた。
迅は立ち上がり、少女の頭に手を置いた。
「大丈夫。必ず助ける。
神殿がどう言おうと、真実は俺が見つけるから」
少女は涙で光る目で、何度も何度も頷いた。
フォルが吠える。
夜の帳が静かに落ち始める。
迅は剣の柄に手をかけた。
「よし──まずは神殿の場所を探る。
ルシェラ、フォル、行くぞ」
ルシェラはふわりと銀髪を揺らし、迅の隣に立つ。
「……勝手にすればって言ったでしょう。
でも……あなたが行くなら、私も行く」
その声は、決意と、わずかな温度を帯びていた。
こうして、
“処刑前の子どもたち”を救うための戦いが幕を開ける。
迅たちは薄闇の街を抜け、
静かに神殿の影へと向かっていった。




