『奪われた子供』
盗賊──ではなく、追放された元村人たちとの和解から一夜が明けた。
焚火の煤がまだ空に薄く漂う朝。迅は妙な息苦しさに気づいた。
「……泣き声?」
フォルが耳を立て、東の小屋へ向かって走る。
迅とルシェラもそれを追った。
そこには、大柄な男──盗賊長グラドが、地面に膝をつきながら泣き崩れていた。
普段の豪胆さは影も形もない。
「グラドさん、何が──」
グラドは嗚咽しながら、絞り出すように言った。
「……息子が……神殿の討伐隊に……連れていかれた……!」
迅は息を呑む。
ルシェラの瞳がすっと細くなる。
グラドは拳を地面に叩きつけた。
「あいつら……『盗賊の子は悪だ』なんて勝手に決めつけやがった!
“黒寄りの判定が出た”と言いやがった。あんなの嘘だ……
あの子が誰より優しいって俺が一番知ってる!!」
迅はすぐにフォルへ目を向けた。
フォルは鼻を鳴らして東の森を指し示す。
「……まだ近い。追えば間に合う!」
迅は立ち上がり、グラドの肩を叩いた。
「必ず、取り返します。息子さんを信じていてください」
グラドは震える声でうなずいた。
「……頼む……あの子まで失ったら……俺はもう立っていられねぇ……!」
ルシェラは沈黙していた。
しかし、その拳がほんの少しだけ震えているのに迅は気づいた。
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◆ ◆ ◆ 討伐隊追跡
森は濃い霧に覆われ、視界が悪い。
だがフォルは迷わず先頭を走る。
風に混じる“子どもの涙の匂い”を追っているのだ。
やがて、馬車の軋む音が聞こえた。
討伐隊の一人が馬車の中へ怒鳴りつける。
「黙れ! お前は“悪に育つ芽”だ!
処分して街の災いを断つ!」
「ちがうっ! 僕、悪くない! 」
子どもの泣き声が森に響いた。
その瞬間、ルシェラの肩がビクリと震える。
(……泣き声……嫌い……)
迅が一歩踏み出し、馬車の前に立った。
「その子を解放してください!」
兵士たちは一斉に剣を抜いた。
「何者だ!?」
「この子は“黒寄りの判定”を受けた!
神殿の決定に逆らうつもりか!」
迅ははっきりと言った。
「彼は“白”です。悪ではない。
あなたたちの“思い込み”が判定を濁らせただけです!」
兵士たちの表情が一斉に冷たくなった。
「何を根拠に……?」
「お前の言葉など信じられるものか!」
「そもそも魔族を連れている時点で信用できん!」
当然だ。
迅の判定は他人には見えない。
彼が“本質を見抜く能力”を持つと知る者はいない。
兵士長は怒声を上げた。
「この者ら、討伐対象とみなす! 突撃!」
迅は剣を抜かず前に飛び込んだ。
「やめろ、下がれ!」
兵士の一人が剣を振りかざす。
迅はその腕を掴み、体を回転させて投げる。
「ぐっ……!」
「誰も殺したくない! 退いてください!」
もう一人が背後から斬りかかる。
迅は足を払って転ばせ、腹に軽い打撃を入れて気絶させた。
(殺さずに……動きを止める!)
フォルがすばやく走り、
矢を放とうとした兵士を体当たりで無力化。
迅は次々に襲いかかる兵士を“殺さず落とす”。
それだけで討伐隊は恐怖に飲まれ始めた。
「な、なんだこいつ……本当に人間か!?」
「魔族の加護を受けているに違いない!!」
そのとき。
一人の兵士が少年に剣を向けた。
少年の泣き声が上がった。
「たすけて……っ! !」
ルシェラの瞳が揺れる。
(……やめて……)
バンッ!!
馬車の上に落雷のような衝撃が走った。
ルシェラが放った、極限まで抑えた“威圧”。
誰も傷つけていない。だが足がすくむほどの圧力。
討伐隊が一斉に青ざめた。
「ひっ……! 悪魔族が……!」
「こ、殺される……!」
兵士長だけが叫ぶ。
「退くぞ! 整わぬままでは勝てん!」
討伐隊は総崩れとなり、森の奥へ撤退した。
迅はすぐに馬車の籠を壊し、少年を抱き上げる。
「もう大丈夫だ。怖かったな……!」
少年は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら迅にしがみついた。
「お父さんに……会いたい……っ」
その言葉に、ルシェラの胸がズキリと痛んだ。
かつて自分が叫び続けた願いと同じだったから。
(……会いたい……
なのに私は……誰にも会えなかった……)
迅はその表情の変化を見逃さなかった。
だが何も言わず、少年の手をそっと握る。
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◆ ◆ ◆ グラドのもとへ還る
集落に戻ると、グラドは傷だらけの体で立ち上がった。
「……息子……息子は……!」
迅は少年をゆっくりと前に出した。
「父ちゃん……!」
「う……うおおおおおおお!!」
抱きしめ合う音が焚火のはぜる音より大きかった。
村人たちも涙ぐむ。
「よかった……!」
「生きてた……!」
ルシェラは少し離れた場所で、その景色を見つめていた。
少年が泣くたび胸が締めつけられる。
迅が隣に立つ。
「怒ったんだね。子どもが泣くの見て」
ルシェラはそっぽを向き、髪を払った。
「べつに。
ただ……泣く声が……嫌いなだけよ。昔から」
フォルがそっとルシェラの手に鼻先を寄せた。
その温かさに、ルシェラはほんの少しだけ肩の力を抜いた。
「……もういいわ。戻りましょう、迅」
少年は遠くからルシェラに頭を下げた。
「ありがとう……悪魔のお姉ちゃん……」
ルシェラはふっと目を細めた。
迅は静かに呟いた。
「ルシェラ……君は、優しいよ」
ルシェラは答えなかった。
ただ、夕陽に照らされた瞳が少しだけ柔らかくなっていた。




