『罪のない罪人』
街に入った瞬間、迅は違和感を抱いた。
「……空気が重いな。まるで、誰もが誰かを疑ってるようだ」
通りを歩く人々は互いに目を合わせず、
噂話だけが異様に大きく響いている。
「“悪人が増えた”んだとさ……」
「いや、あいつが怪しいって噂だぞ」
「私もそう聞いたわ。だったら間違いないよね」
根拠は薄い。
それでも“みんなが言うから” というだけで、
誰かが悪と決まっていく。
ルシェラは眉をひそめた。
「……愚かね。
自分の頭で考えずに、他人の言葉で罪を決めるなんて」
フォルが低く唸る。
この街全体に漂う“猜疑と恐怖”の匂いが気に障っているのだろう。
そのとき、衛兵が叫んだ。
「犯人を連れてこい!」
群衆が一斉にざわつく。
広場へ引き立てられる男がいた。
粗末な服、痩せた体。
恐怖で震える青年だった。
「ち、違うんだ……俺はやってない! 本当だ!」
だが誰も耳を貸さない。
「決まってるだろ? 最近この街で噂されてた“怪しい男”ってこいつだ」
「この前も怪しい動きをしていたって話だしな」
迅はその言葉にピクリと反応した。
そこへ衛兵が大声で宣告する。
「盗品の隠匿、および暴行の罪!
処罰は明朝に決定する!」
ルシェラは低い声で呟いた。
「……あれだけの人間が『罪だ』と言えば、罪になる。
神の光より、人の影のほうが強い場合もあるのね」
迅は青年を見つめ、ゆっくり歩み寄った。
「少しだけ、話を聞かせてくれないか?」
青年は怯えた目を向ける。
「た、助けてくれるのか……?
でも、俺を信じたって……あなたまで疑われる……」
「平気だよ」
迅は穏やかに言う。
「俺は誰かの噂じゃなく、“君自身”を見に来たんだ」
その言葉に、かすかに青年の瞳がうるんだ。
フォルもそっと青年の手を舐める。
人間を見抜く力がある彼は、すでに“白”だとわかっているのだ。
迅は青年の目を真正面から見た。
「《善悪判定》」
微かな光が青年の胸元に宿る。
迅の感じ取った“本質”は──
「……君は“冤罪”だ、君は盗品の隠匿に関わっていない」
青年が泣き崩れた。
「……俺何もしてないんだ、悪くないんだ……!」
しかし周りの人々はざわめく。
「でも噂が……」
「衛兵が言ってたし……」
「みんなそう思ってたんだぞ!」
ルシェラの瞳が鋭く光る。
「あなた達、自分の頭で考えられないの?」
一瞬、空気が凍りつく。
その声は低く、しかし痛いほど真っ直ぐだった。
「噂で他人を傷つけて、
自分は安全な場所にいるつもり?
……臆病者」
住民たちは顔を背けた。
迅が青年へ問う。
「君が疑われた理由、心当たりは?」
「……最近、この近くで盗難が多くて……
俺みたいなよそ者が犯人だって……それだけで……」
迅はうなずき、周囲を見渡した。
「犯行が続いてるのなら、
本当の犯人が“まだこの街にいる”ってことだよな」
ルシェラが翼を揺らし、冷たく言った。
「じゃあ、探しましょう。
“本当の罪人”を──」
その一言に、街の空気が震えた。
数時間後──
迅はある家の裏手で、盗品が隠されている倉庫を見つけた。
その家の主は、噂を先導していた男だった。
男は蒼白になって叫ぶ。
「ち、違うんだ! 俺は……!
みんなが“怪しい”って言ったから、それに乗っただけで──!」
迅は静かに言った。
「“みんなが言ってたから” じゃなくて、
“あなたがそう思いたかったから” だよ」
男は崩れ落ちた。
住民たちは青年に向き合う。
「すまなかった……」
「本当に……ごめん……!」
青年は涙をぬぐいながら言った。
「……俺も、怖かった。
でも……信じてくれた人がいて、救われた」
ルシェラはその涙を見つめていた。
迅が隣に立つ。
「ルシェラ」
「……なに?」
「人って、弱いけど……
弱いからこそ、誰かの優しさで変われるんだ」
ルシェラは少しだけ目を伏せた。
「……わからない。
でも……あなたがそう言うなら……
少しは信じてみてもいい」
フォルが尻尾を振り、二人の間に鼻先を寄せた。
街に、少しだけ光が戻る。




