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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

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『星と焚き火』

討伐隊を退けたその夜。

森の奥で、迅は小さな焚き火を起こした。


ぱち、ぱち、と薪が弾ける音が静寂に溶けていく。


空には無数の星が瞬き、

まるで世界が一度だけ呼吸を止めたようだった。


ルシェラは焚き火から少し離れた場所に座り、

赤の瞳で揺れる火を見つめていた。


「……どうして剣を抜かなかったの?」


不意にルシェラが問う。

淡々とした声なのに、わずかに震えがある。


迅は薪をくべながら静かに答えた。


「抜きたくなかったからだよ」


「バカね。

 あなたはあの人数に囲まれて……それで傷まで負って……」


「でも、誰も死なせなかった」


焚き火の光が迅の横顔を照らす。

その瞳は揺れていなかった。


「俺の剣は“奪うため”じゃなくて、

 “守るため”に使いたいんだ」


ルシェラが息を呑む。


「守る……?」


迅はうなずいた。


「剣は間違えば、簡単に人を傷つける。

 けど……使い方次第では、人を守る力にもなる。

 俺はその“守る剣”を目指したいんだ」


焚き火のはぜる音が、空気を切り裂くように響く。


「……だから剣を抜かなかったの?」


「うん。

 あの人たちは敵じゃない。

 ただ……誤解してるだけだ。

 向こうにも守りたいものがあるんだよ」


ルシェラはゆっくりと迅の横顔を見る。


(……どうして?

 どうしてこの人はこんなにも……)


胸が痛むように締めつけられた。


迅は続ける。


「これからは……一つでも多くの“救われる命”を作りたい。

 誤解で苦しむ人も、罪を押し付けられた人も、

 ……そして──」


一拍おいて、言った。


「君のことも守りたい」


ルシェラの心臓が跳ねた。


焚き火の赤に照らされた迅の横顔は、

嘘をついていない。


偽善でもない。

見返りを求めた言葉でもない。


ただ、真っ直ぐで、痛いほど優しい。


「……どうして、私を?」


ようやく絞り出した問い。


迅は空を見上げた。

星が静かに瞬いている。


「君は……ずっと一人で戦ってきたんだろ?」


ルシェラの肩がわずかに震えた。


迅は続ける。


「人に憎まれて、人に追われて……

 それでも、誰も殺さず耐えてきた。

 あれだけの力があるのに……自分を押さえ続けてる」


ルシェラは視線を落とす。


(……やめて。それ以上言わないで)


胸の奥が、苦しい。

何百年の重みが、今にも溢れそうだった。


「……慣れてるわ。それだけよ」


「慣れてるなら、余計に守らなきゃだろ」


ルシェラは息を呑んだ。


その言葉は、

かつてセリウスに言われた言葉と酷似していた。


──“お前は生きていいんだよ。

  誰に否定されようと、私はお前を守る”


焚き火の光が揺れ、

ルシェラの影が細く伸びる。


胸の奥で、長く閉ざした扉が軋む音がした。


(……やめてよ、迅。

 そんなふうに言われたら……

 私……また……失ってしまう)


怖かった。


けれどもう一つ、

小さな淡い光が胸の中でゆらりと灯る。


「迅……あなた、セリウスに似てるわ」


思わず零れた言葉に、迅が振り返る。


「セリウスに?……」


「ええ。

 あなたと同じ目をしていた」


ルシェラは星空を見上げた。


世界のどこかで失われた記憶の欠片を拾うように。


「私の力を怖がらず……

 周りと同じように見てくれた。

 あなたと同じように」


そして小さく、息を吸った。


「……だから怖いのよ。

 また……壊れてしまうんじゃないかって」


迅は少し微笑んだ。


「大丈夫。

 俺は簡単には死なないよ」


ルシェラは思わず睨む。


「軽いわよ」


「でも本気だ」


迅は手を伸ばし、焚き火をひとつつついた。


火花が舞い上がり、星と混ざる。


「俺は君を守る。

 君が何を背負っていようと、どんな過去でも。

 ……それでも一緒に進みたい」


焚き火がぱち、と弾け、

静寂の森に二人の息遣いだけが残る。


ルシェラは胸にそっと手を当てた。


(……どうして?

 胸が……こんなに苦しくて、温かいの?)


そして、ほんの少しだけ

唇が震えながら言った。


「……変な人間ね、本当に」


その声は、

今までで一番“柔らかい”ものだった。


夜空には、

静かに星が降り続けていた。

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