『初めての連携』
「ね、緊張してる?」
リリィがひょいと覗き込んでくる。
彼女の赤い髪が揺れ、差し込む木漏れ日を反射してきらりと光った。
「……ちょっとな」
「ふふっ、大丈夫! 私、攻撃魔法は得意だから」
軽い口調でそう言う彼女の横顔を見て、迅の肩から少しだけ力が抜ける。
一人きりの夜にはなかった安心感――それは想像以上に、大きかった。
「……来た」
昨日と同じ濁った黄色い瞳。棍棒を握り、涎を垂らしながら、じりじりと距離を詰めてくる。
全身に緊張が走った。
でも昨日と違うのは――震える手の横に、仲間がいること。
「リリィ……後ろは任せた」
「うん! 迅は突っ込んで注意引いて!」
「了解!」
短剣を構え、深く息を吸い込む。
心臓は高鳴る。でも、怖くはなかった。
一歩、踏み出す。
二歩目で、ゴブリンが牙をむいて突っ込んできた。
「うおおおおっ!」
迅は低い姿勢で滑り込むように突進。
短剣を横薙ぎに振るい、一体目の足を斬り裂く。
「ギャァッ!!」
「――《ファイア・ショット》!」
リリィの声とともに、轟っと空気が焦げる匂いがした。
小さな炎の弾丸が放たれ、後方のゴブリンの肩を直撃。炎が弾け、悲鳴が森に響く。
「今だ、迅!」
「任せろ!」
迅はすかさず踏み込み、最初に傷を負わせたゴブリンの喉元に刃を突き立てた。
刃が肉を裂き、黒い血が飛び散る。
昨日の恐怖が、今は“動き”の中に溶けていった。
二体目のゴブリンが怒り狂って突っ込んでくる。
だが、迅はもう“ひとり”ではない。
「右!」
「わかってる!」
リリィの声と同時に、迅は横に飛び退く。
そこに――炎の矢が突き刺さった。
「ギャアアアッ!!」
燃え上がるゴブリンが転げ回る。
その隙に迅が距離を詰め、短剣を心臓に突き立てた。
刃の感触は、昨日と同じ“重さ”を持っていた。
でも――今は、怖くなかった。
背中には、確かにリリィの存在があるからだ。
三体目が、後ろから回り込もうとする。
リリィの位置は固定されている。迅が一瞬で判断し、前に出る。
「うわっ、速い!」
「俺がいく!」
短剣を逆手に持ち替え、ゴブリンの棍棒を横から叩き落とす。
反動で肩がしびれた。だが――足は止まらなかった。
「おりゃあああああっ!!」
怒鳴り声と共に、勢いで斬り上げる。
ゴブリンがのけぞった隙を逃さず、渾身の一撃を首筋に叩き込んだ。
血が飛び、短い悲鳴が森の中に消えた。
「……ふぅっ……!」
迅は荒い息をつきながら、ゆっくりと短剣を下ろした。
地面には三体のゴブリンが倒れている。
昨日、あんなに必死だった相手に――今は勝てた。
「やったぁぁぁっ!!」
リリィが両手を上げて飛び跳ねた。
その姿があまりにも楽しそうで、思わず笑ってしまう。
「……お前、元気だな」
「当たり前じゃん! 初パーティー戦、勝利〜!」
そう言って、無邪気に笑うリリィの顔は、朝の光よりも眩しかった。
そのとき、目の前に淡い青い光が浮かぶ。
【ゴブリン3体を討伐しました】
【経験値を獲得しました】
【レベルが2 → 3に上がりました】
迅の身体の奥に、ほんのわずかだが力が満ちていく感覚。
昨日のときとは違い、それを素直に受け止められた。
今度は――“一人じゃない”から。
「迅、レベル上がった?」
「ああ……3になった」
「おお〜っ! やっぱ一緒にやると早いね!私はレベル5!」
リリィが笑う。その笑顔がまぶしくて、迅は小さく息を吐いた。
戦いの中で強くなる――昨日は怖かったその感覚が、今はほんの少し“希望”に変わっていた。
街へ戻る途中、木々の間から差し込む光が妙にやさしく感じられた。
昨日はただ“怖い”だけだったこの森が、今は少しだけ違って見える。
「なあ、リリィ」
「ん?」
「……ありがとう」
「え、なにそれ急に」
「いや……なんていうか、お前がいなかったら、たぶん……また震えてた」
リリィはきょとんとしたあと、ふっと笑った。
「いいよ、そういうの。だって、仲間でしょ?」
その一言に、胸が熱くなる。
――仲間。
たった一言なのに、世界の景色が変わったように感じた。
ギルドに戻ると、受付嬢が迎えてくれた。
昨日よりも、ほんの少しだけ胸を張って歩ける。
「おかえりなさい、迅さん! ……それに、リリィちゃんも!」
「討伐、完了です!」
リリィが元気よく依頼書を差し出す。
受付嬢は目を細め、柔らかく笑った。
「ふふ、お二人、とってもいいコンビですね」
「コンビか……」
その言葉を噛みしめるように、迅は小さくつぶやいた。
孤独と恐怖だけだったこの世界に、ほんの少し――光が灯った。
それは小さなものだけど、確かに胸の奥で燃え続けている。
―最弱の冒険者、初めての“仲間”との戦いは、確かな一歩になった。




