『火の少女』
朝日が差し込む。
空気は冷たいのに、昨日よりも少しだけ――世界が明るく見えた。
「……寝れなかったな」
宿屋のベッドの上で天井を見上げながら、迅は深いため息をついた。
初めての討伐。初めての殺意と恐怖。
夜の独白のあと、うまく眠ることなんてできるはずがなかった。
けれど、不思議と今は少しだけ“動ける”気がしていた。
昨日のあの瞬間――震えながらも踏み込んだ自分を、確かに覚えている。
「……今日も、行こう」
顔を洗い、革鎧を整える。
腰に短剣を差し込み、ギルドへと向かった。
ギルドの扉を開けると、朝のざわめきが押し寄せてきた。
昨日と同じ光景――冒険者たちが談笑し、装備を点検し、依頼を取り合っている。
だけど昨日と違うのは、迅がその中に“足を踏み入れる勇気”を持っていたことだった。
「……おはようございます」
「あ、迅さん!」
受付嬢がぱっと顔を上げ、明るい笑顔を向けてきた。
柔らかい声が、少しだけ胸に温かく染みる。
「昨日の討伐、よく頑張りましたね。初日でゴブリン討伐なんて、なかなかできることじゃありませんよ」
「……ありがとうございます」
そのとき――横から、ひょいっと小柄な少女が顔をのぞかせた。
「へぇ〜、あんたが昨日“最弱レベル”でゴブリン倒した子?」
「え?」
赤い髪を後ろでまとめた、活発そうな少女だった。
目はキラキラと輝き、好奇心に満ちている。
年齢は迅と同じくらいか、少し下にも見える。
「昨日話、ちょっと聞こえたの。レベル1でソロ討伐だって? すごいじゃん!」
「すごい……? いや、たいしたことじゃ……」
「たいしたことあるよ! 普通、そんなの死ぬ可能性大だもん」
屈託なく笑うその顔を見て、迅は思わず言葉を失った。
昨日のような嘲笑でも、見下しでもない――純粋な興味と好奇心。
「私はリリィ。魔法使いだよ。よろしく!」
「あ、俺は……迅」
差し出された手を、迅は一瞬ためらってから握った。
リリィの手は、小さくて温かかった。
「ねぇ、今日も依頼行くの?」
「ああ、まあ……低ランクの討伐なら」
「じゃあさ! 一緒に行かない?」
「……え?」
リリィは当然のような顔で言った。
迅は目を瞬かせる。
今まで“ひとり”でしか戦うことを考えていなかったから、そんな発想がなかった。
「え、でも……俺、レベル1……いや、2だけど。スキルも……」
「だからなに? 一緒に戦えばいいじゃん」
リリィはケロリとした顔で笑う。
その言葉には一片の迷いもなかった。
「強いとか弱いとか、そんなのあとでいいんだよ。私、魔法の練習もしたいし、経験値もほしいし、ちょうどいい相手がいるって話!」
「……俺なんかで、いいのか?」
「いいに決まってるじゃん!」
まっすぐな声が、胸に突き刺さる。
昨日、孤独の中で夜空を見上げていた自分とはまるで別世界のような明るさ。
知らず知らずのうちに、胸の奥が少しだけ軽くなる。
【パーティーメンバー加入:リリィ(人間族)】
【レベル:5】
二人で掲示板の前に立つ。
低ランクの依頼が並ぶ中、リリィが選んだのは――
【依頼内容:森の外れのゴブリン討伐(3体)】
【報酬:銅貨15枚】
「昨日は1体だったんでしょ? 今日は3体。ちょうどいいでしょ」
「……お前、強気だな」
「へへん!」
自信満々に胸を張る姿に、思わず吹き出してしまう。
リリィはその笑い声に首を傾げたが、迅にとっては久しぶりの“自然な笑い”だった。
森に入ると、昨日と同じ湿った土の匂いが鼻を刺した。
でも、横を歩くリリィの存在が、恐怖を少しだけ遠ざけていた。
「なあ、リリィ。なんで俺なんかと組もうと思ったんだ?」
「え? なんでって……面白そうだから?」
「面白そう……?」
「うん。だって、“最弱”って言われた子が、昨日ゴブリン倒したんだよ? 絶対なにかあるじゃん。ね、そういうの、ワクワクしない?」
――この子は、本当にまっすぐだ。
嘲笑ではなく、純粋に「面白い」と言える強さ。
昨日、自分が感じた“痛み”とはまるで違う世界だった。
木々の影から、三体のゴブリンが姿を現した。
リリィはひょいと杖を構え、笑った。
「じゃ、いくよ。迅!」
「……ああ!」
――あの日の夜、ひとりで震えていた自分とは違う。
今は横に、仲間になろうとする誰かがいる。
小さな変化だったけれど、それは確かに、胸の奥に火を灯した。
――最弱の冒険者、初めての“二人の戦い”が、始まった。




