『少年の涙』
瓦礫の散らばる細道を抜けると、
村の外れに建てられた小さな処刑場が見えた。
黒い杭が四本、簡易的に打ち込まれ、
その中心に縄で拘束された男が座らされている。
男は痩せており、両手に煤がついていた。
だがその表情は、どこか優しげな影を落としている。
少年は震える声で叫んだ。
「お父さん!!」
男──少年の父は顔を上げ、目を見開いた。
「リオ……来るな! 危ない!!」
その叫びと同時に、四人の衛兵が剣を構えて前へ出た。
「止まれ! こいつは《悪判定》だ!
魔物と通じ、村を壊そうとした罪で処刑が決まっている!」
迅は少年を庇いながら前に出た。
「その判定が誤りじゃないか──
俺が確かめる」
衛兵たちは一瞬ざわついた。
「確かめる……? 何を言っている!」
「悪魔族を連れて何を企んでいる!」
背後で、ルシェラの銀髪が静かに揺れた。
だが彼女は何も言わず、ただ遠くから見ている。
迅は一歩前に踏み出した。
「《善悪判定》」
淡い光が迅の瞳に宿る。
拘束された男の周囲に、薄い青い霧のような“情報”が浮かび上がった。
恐怖、後悔、家族への愛──
その根底に、悪意は微塵もない。
「……この人は“悪くない”。
悪判定は誤りだ」
少年が息を詰めた。
「だ……だよね!? だよね迅さん!!」
しかし衛兵は剣先を向けたまま叫ぶ。
「お前の判定など関係ない!
神の判定は絶対だ!
命令に従わなければ我々が処罰される!」
迅は眉をひそめた。
(……そうきたか)
街の人々も気づき、ざわめきが大きくなる。
「衛兵さん……! お願い、父を助けて……!」
少年の声は震え、涙が浮かび始めていた。
だが衛兵は冷たく言い放つ。
「悪いが……これは処刑だ」
剣が振り下ろされようとした、その瞬間──
迅の姿が掻き消えた。
金属音が重なる。
瞬きの間に、迅は衛兵三人を地面に叩き伏せていた。
最後の一人が驚愕したまま剣を振るう。
迅はその攻撃を片手で受け止める。
「誤判定のまま処刑なんて、あっていいはずがない」
その言葉の直後だった。
──ガラガラガッ!
処刑場横の崩れた建物の屋根から、大きな瓦礫が落ちてきた。
直撃地点は
──少年の真上。
「リオ!!」
迅が振り返るより早く、瓦礫が落ちる。
少年は恐怖で足をすくませ、動けなかった。
その時。
「チッ……」
銀の閃光が風を切った。
ルシェラだった。
彼女は飛ぶように少年へ迫り──
落ちてきた巨大な瓦礫を、右手ひと振りで粉砕した。
轟音とともに、瓦礫は粉塵となって砕け散る。
少年は目を見開き、呆然とした。
ルシェラは淡々と髪を払った。
「勘違いしないで。
……私に落ちてきたから、仕方なく壊しただけよ」
少年は震えた声で言う。
「……でも……助けてくれた……」
「違う。私はあなたを助けたんじゃない。
“瓦礫を壊しただけ”」
赤の瞳は冷たく見えた。
だが、その指先はわずかに震えている。
迅は瓦礫の粉塵が収まるのを待ち、少年の側へ駆け寄った。
「怪我はない?」
少年は首を振った。
涙がぽろぽろと零れ始める。
「……お父さんも、ぼくも……
悪くないって……言ってくれて……
それで……それで……」
涙が地面に落ちる。
それを見て、ルシェラの胸が強く締めつけられた。
少年はルシェラを見上げた。
「ご、ごめんなさい……!
さっき、ぼく……ひどいこと言って……!
悪魔族なんて……言って……!
本当は……怖かっただけで……!」
ルシェラの呼吸がわずかに乱れた。
少年の涙。
謝罪。
恐怖と後悔と必死の想い。
そのすべてが、彼女の胸を刺す。
「……もういいわ。別に気にしてない」
そう言うルシェラの声は、
初めて──
“拒絶ではなく、迷い”を帯びていた。
少年はさらに涙を流し、頭を下げた。
「助けてくれて……ありがとう……っ」
その言葉に、ルシェラの銀髪が一瞬だけ震えた。
彼女は顔をそらしたが、
その頬がほんのり赤く染まっているのを、迅は確かに見た。
衛兵たちは倒れ、迅は父親の縄をほどいた。
「本当に……助けてくださったのですね……。
息子を……どうか……息子だけは……」
「大丈夫。あなたも息子も、誰も処刑させない」
迅はしっかりと答えた。
父親は深く頭を下げ、少年はその胸に飛び込んだ。
「お父さん……うわぁぁぁん……!」
その涙を見ながら、
ルシェラはゆっくりと目を伏せた。
胸の奥で、
冷たかった心臓が少しだけ温かくなる。
自分でも気づかないほど
ほんの小さな変化が──そこには確かにあった。




