『ルシェラの拒絶』
山道を抜けた先に、小さな村が広がっていた。
石造りの塀に囲まれたその村は、物音も人声も穏やかだった。
「穏やかで良い村のようだな」
迅が軽く息をつくと、
隣を歩くルシェラの銀髪が風に揺れ、淡い光を散らした。
だが彼女の表情は相変わらず硬い。
村へ入った途端──
二人に鋭い視線が投げられた。
特にルシェラへ向けられる視線は、決して好意ではない。
“恐怖”と“警戒”。
それが混ざった空気が周囲に広がる。
(……ここもか)
迅は胸の奥が少しだけ痛んだ。
市場へ入ると、住民たちは商品を並べながらも、
ちらちらと二人を観察していた。
「ねぇ見て、あれ……」
「悪魔族じゃ……?」
「近づくな」
そんな声がひっそり漏れる。
ルシェラは何も言わなかった。
だが、銀の髪越しに見える横顔は冷えた空のように無表情だった。
その時──
「……あっ……!」
細い声が耳に入る。
迅が振り返ると、
瓦礫の山の前で、小さな少年が座り込んでいた。
木片や壊れた壺が散乱するその場所は、何かの事故跡らしい。
少年の服は真っ黒に汚れていたが、怪我はないようだ。
迅がそっと声をかけた。
「大丈夫? そこ、危ないよ」
少年は迅の顔を見上げ、ほっとしたように息を漏らす。
だが──ルシェラが近づいた瞬間、
少年の顔色が変わった。
「……悪魔族……!!」
震える声。
恐怖に歪んだ瞳。
街の大人たちがざわつき始める。
少年は瓦礫の陰に隠れながら叫んだ。
「ぼ、ぼくのお父さんを捕まえに来たの!?
神殿の人が言ってたんだ……“悪判定は悪魔族を呼ぶ”って……!」
ルシェラの紫の瞳がわずかに揺れた。
だが少年は続けた。
「ぼくのお父さんは悪くない!
悪いのは、お父さんを“悪者”にしたやつらだ!!
お前みたいな……悪魔だ!!」
その言葉は、刃のように鋭くルシェラの心へ突き刺さった。
風が止まり、銀髪が硬直したように揺れを止める。
迅は少年の横に膝をつく。
「君のお父さんは……悪者じゃないんだな?」
少年は必死に首を振った。
「違う!
ぼくはずっと信じてる!
お父さんみたいに優しい人が、人を傷つけたりしない……!」
迅は小さく息を吸い込み、言った。
「……なら、助けに行こう。
お父さんを“本当に悪かどうか”俺が判定する」
少年の涙で濡れた目が見開かれる。
「……ほんとうに……?」
「あぁ。俺が行くよ」
だが──迅の言葉を遮るように、
冷たい声が落ちた。
「……勝手に決めないで」
ルシェラだった。
少年がさらに怯え、瓦礫の後ろに隠れる。
ルシェラは少年を見ようともしない。
ただ、迅に向かって静かに告げる。
「どうして……そこまでして助けようとするの?」
迅は少し戸惑った表情で、ルシェラを見た。
「どうしてって……困ってるからだよ。
誤判定なら、救うべきだ」
ルシェラの顔に影が落ちる。
「その“助ける”って言葉……私には、理解できない」
村の人々の視線が集まる中、
ルシェラの銀髪がざわりと揺れ、風に舞った。
「人間は嘘をつく。裏切る。
自分の都合で“善悪”をねじ曲げる。
……何度も見てきた。
そんな存在を、どうして助けるの?」
迅は静かに口を開いた。
「全部の人がそうじゃない。
この子みたいに、信じてる人もいる」
少年は震えながら迅の手の影に隠れたまま、
ルシェラを見ていた。
その視線に、ルシェラの指が微かに震える。
「……信じる?
何を根拠に?
私は……信じた結果、すべてを失ったのよ」
一瞬、彼女の目に深い闇が宿った。
“災厄の悪魔”と呼ばれた過去が、そこに滲み出た気がした。
「私は、人間も他の種族も──信じない」
彼女は背を向けた。
その銀髪が尾を引くように光を散りばめながら。
迅が呼び止めようとしたとき──
「……ルシェラ」
彼の声を遮るように、ルシェラが言った。
「迅……人間を助けるのは勝手にしたらいい。
でも、私は関わらない。
私は……傷つきたくない」
その言葉は、強い拒絶だった。
しかし同時に、誰よりも脆い“本音”でもあった。
迅はゆっくりとうなずく。
「……わかった。でも、俺は助ける。
君が拒絶しても、それは変わらない」
ルシェラの肩が一瞬だけ震えた。
その背中には、誰にも触れさせない孤独が広がっていた。
迅は少年に手を差し伸べた。
「行こう。君のお父さんのところへ」
少年は迷いながらも、震える手で迅の手を握った。
ルシェラは歩き出す二人を黙って見送った。
ただ、誰にも気づかれないように──
自分の胸にそっと触れた。
(……なぜ?
どうして……胸が痛むの……?)
その痛みこそ、
彼女の変化の始まりだった。




