『山道の野党』
街を追放された翌朝。
薄い霧が立ち込める山道を、迅とルシェラは並んで歩いていた。
空は曇り、木々のざわめきだけが耳に届く。
ルシェラは無言のまま、ただ前を見ている。
「重い空だな……雨、降るかもしれない」
迅が言うと、ルシェラは淡く眉をひそめた。
ルシェラはあまり反応を示さない。
その心が閉じているのは分かっていた。
(まだ……昨日のことを引きずってるんだ)
ギルドで向けられた“恐怖”。
それは、ルシェラの心に確かに爪痕を残していた。
そんな静かな空気を裂くように──
「きゃあああああっ!!」
山道の先から女の悲鳴が響いた。
迅は同時に駆け出した。
坂を下りきった先で、馬車が横倒しになり、
三人の野盗が刃物を構えていた。
「金を置いていけ! 逆らえば殺す!」
護衛らしき男は倒れ、馬が暴れている。
馬車の陰に、若い女性と老人が必死で隠れていた。
迅はゆっくりと野盗たちの前に出る。
「やめておけ。これ以上の暴力は必要ない」
野盗は嘲笑した。
「はぁ? 誰だお前?何言って──」
その瞬間だった。
迅の足元が揺らぎ、次の瞬間には敵の背後。
拳で軽く突いただけで、三人とも膝から崩れ落ちた。
野盗たちは呻きながら倒れ、動けなくなった。
「……た、助かった……」
馬車の陰から老人がゆっくり顔を出す。
女性も震えながら声を絞り出した。
「ほ、本当に……ありがとう……」
迅は微笑み、手を差し伸べた。
「もう大丈夫。怪我はない?」
「はい……あなたのおかげで……!」
その時、遅れてルシェラが歩いてきた。
銀髪、金色と紫の瞳。
冷たい気配をまとった美しい少女。
だが──彼女が一歩近づいた瞬間だった。
女性が悲鳴をあげた。
「やっ……悪魔族……!?」
老人も震えながら後ずさる。
「ひぃッ……! 助けてもらったのに……なんで……なんで悪魔がここに……!」
二人は荷物を放り出して、山道の奥へと走り去ってしまった。
迅は急いで声をかけようとしたが、
ルシェラが静かに制した。
「追わなくていいわ。いいの。……もう、慣れてる」
ルシェラは淡々と言った。
だが、胸元をそっと押さえるその指が微かに震えていた。
迅は横に立ち、彼女の顔を覗く。
「ルシェラ……」
「分かってるの。私は“災厄の象徴”…人は私を恐れる。
近づけば逃げる。私が何をしなくても……」
彼女の声には、静かな哀しみが滲んでいた。
「昨日もそうだった。
あなたの仲間も……私を見て、動けなくなって……
人間はみんな、同じ目で私を見る」
風が吹き、ルシェラの銀髪を揺らした。
「怖がられるのが、当然なんだわ。それが、“私”だから」
言葉は冷静だったが、
その奥にある孤独は、あまりにも深かった。
迅は少しだけ空を見上げ、ゆっくり告げる。
「……でも、俺は違う」
ルシェラは驚いたように目を向けた。
「怖くなんかない。
むしろ──君がいてくれてよかったと思ってる」
幼い少女のように揺れる瞳。
彼女の中の氷が、ほんの少し溶けた気がした。
「……あなたは、本当に変な人間ね」
「よく言われる」
迅は笑った。
ルシェラはわずかに視線をそらし、つぶやいた。
「……でも、ありがとう。迅」
その言葉は届きにくいほど小さかったが、
確かに“感謝”の形をしていた。
野盗から奪われた馬車は壊れていたが、
老人の荷物の中に、旅の情報がいくつかあった。
迅は地図を拾い上げる。
「次の街まで歩くしかないな。
でも……途中に小さな村があるみたいだ」
「そう・・・」
二人は再び山道を歩き出した。
霧は晴れ、淡く陽光が差し始める。
旅は、まだ始まったばかりだ。




