『追放の夜明け』
ダンジョンの出口近くの道を迅とルシェラは静かに歩いていた。
地上へ出た途端、冷たい風が吹き抜ける。夜が明ける直前の薄闇。空気の濁りが、街の不穏を告げていた。
「……行くか、ルシェラ」
「ええ」
ルシェラは感情をほとんど見せない。けれど、わずかな殺気だけが肌を刺す。
その横顔に、迅は小さく息を吐いた。
(このままじゃいけない。けど──今はまず、寄り添うことしか)
二人が街への坂道を降り始めた、その時だった。
「…………は?」
前方で、複数の松明が揺れた。
グレンのパーティー──彼らがちょうどダンジョン方面へ向かってくるところだった。
「じ、迅……? ま、まさか……生きて……?」
グレンの声は震えていた。
だが、それは“心配”ではなかった。
迅には分かる。彼が張り巡らせた“殺意”と“焦り”の残滓が、まだ空気に残っている。
──そして、迅のスキル《善悪判定》が静かに発動する。
瞬間、グレンの身体から立ち昇る黒い靄のような“意図”が可視化された。
「……罠。
俺を……殺すつもりだったんだな」
グレンの顔色が一瞬で蒼白になる。
「ち、違う! 誤解だ迅! お、俺は……!」
「言い訳はいらない。
俺は、全部見えてる」
迅の声は静かだった。怒りも、悲しみもなく。
ただ、事実だけを告げる調停者の声。
ルシェラが一歩、前に出る。
風がざわりと震える。
「誰この男?あなたを裏切ったの?殺す?」
その声は甘く、だが底冷えするほど冷酷だった。
グレンたちは、一瞬で逃げ腰になる。
迅はルシェラに手を上げて制した。
「……殺さないよ。ただ、連れていく」
「どうして? 殺されそうになったのでしょ……」
「だからこそだ。
裁くのは俺じゃない。
真実はギルドに示す。それで十分だ」
ルシェラはつまらなそうに肩をすくめた。
「本当に……あなたを理解できない」
それでも、彼女は引いた。
迅の“選択”を否定しなくなりつつある──それが、彼女自身も気づいていない変化だった。
グレンは口を開く暇もなく、迅が踏み込み──
「ぐっ……!?」
気づけば大地に押さえつけられていた。
その動きは速すぎて、誰も追えない。
グレンの仲間が武器を構える。
「ひ、ひるむな!相手は迅だぞ!」
その瞬間、空間が揺れた。
圧倒的な力が、彼らの動きを止める。
「……やめておいたほうがいい。
今までの俺ではないよ」
淡々と言う迅の姿に、グレンたちは恐怖で膝を折った。
戦闘は数十秒で終わった。
迅の圧倒的な制圧。
ルシェラは、最初から最後まで腕を組んだまま微動だにしなかった。
「行こう。ギルドで話す」
迅はグレンたちを引きずり、街へ歩き出した。
──────
ギルドに到着すると、夜明け前だというのに冒険者たちでざわついていた。
迅の姿を見つけた途端、空気が揺れる。
「……迅!? 本当に……!」
リリィが駆け寄り、涙をにじませた。
ガルドもルーナも、信じられないという眼差し。
「生きてて……よかった……っ!」
リリィが胸に飛び込もうとした、その時。
──空気が凍りついた。
ギルド全体が、一瞬で“死の気配”に沈む。
原因はただ一人。
迅の後ろに立つ、黒衣の少女──ルシェラ。
彼女は表情を変えず、ただ静かに冒険者たちを見回しただけ。
だが、その瞳の奥には、憎悪が凝縮されていた。
「な、何……この気配……!?」
「う、動けない……!」
ギルド中が硬直する。
リリィも、涙のまま固まった。
迅はルシェラに声をかける。
「……ルシェラ。力を抑えて」
「抑えてるわ。これでも」
その言葉に、リリィたちの顔が青ざめる。
(これで抑えてる……?)
ギルド長が震えながら姿を現した。
「じ、迅……この悪魔族は……なんだ……!」
迅はグレンを前に押し出す。
「彼が俺を罠にかけた。証拠は俺が示す。
でも──その前に」
ギルド長は震える声で告げた。
「迅、お前は……街を出ろ。
悪魔族と行動する者を……この街は、守れん」
リリィが叫ぶ。
「待って! 迅はそんな──!」
だが、迅は静かに微笑んだ。
「いいんだ、リリィ。
今は……そういう流れなんだろう」
リリィは涙を止められなかった。
ガルドは拳を握り、ルーナは唇をかみ目を伏せた。
迅は扉へ向かう。
ルシェラが、その横に並ぶ。
「行くのね、迅」
「あぁ。
ここから……俺たちの旅が始まるんだ」
扉をくぐる直前、リリィの震える声が背中に届いた。
「ぜったい……また会えるよね……?」
迅は振り返らなかった。
ただ、右手を軽く上げた。
「もちろん。また必ず」
二人の影が、夜明けの街へ消えていった。
この瞬間から──
世界は、迅とルシェラを“危険な存在”として認識し始める。
そして二人の旅が始まる。
国家との全面衝突へと向かう、長い長い道のりが。




