『大厄災の悪魔』
封印が砕け散った瞬間、空気は凍り、世界は息を止めた。
結界の中心から歩み出た少女――
ルシェラの周囲に渦巻く魔力は、もはや“魔”と“聖”の区別さえ曖昧にするほど純粋だった。
金と赤の双眸。
その瞳に映るのは、300年間封じられ続けた憎悪と孤独。
「……あなたが……私を目覚めさせたのね」
声は震え、だが胸の奥底には黒い炎が渦巻いていた。
迅が一歩踏み出す。
「俺は迅。セリウスから託された者だ」
黒剣が淡い光を放つ。
その名を聞いた瞬間――
ルシェラの感情が、爆発した。
「セリウス……?
どうして……どうしてあなたが……!」
魔力が暴走し、最下層の空間が悲鳴を上げる。
——暴風。
地面が走り、柱が崩れ、岩壁が裂けていく。
迅は咄嗟に身構えたが、それでも衝撃が肌を裂くほど苛烈だった。
(……これが……ルシェラの魔力……!)
殺意ではない。
怒りと悲しみが重なり、歪な形で噴出しているだけ。
しかしその力は、世界を滅ぼすには十分すぎた。
「どうしてセリウスが、ここにいないの……!
どうして……!」
叫ぶたび、魔力が刃のように空間を切り裂く。
「彼は……私に“生きろ”と言ったのに……
あなたは誰なの!?
どうして私を……解いたの!!」
迅はゆっくりと彼女に手を伸ばす。
「セリウスが、君を守った。
そして託した。……俺に」
その言葉は――
ルシェラの胸の傷をえぐるように響いた。
「託した……?
そんなわけ、ない……
私を置いて……行くはずが……」
魔力がさらに膨れ上がる。
◆
世界各地、同時刻 ── “異変会議”の幕開け
◆ 王国王城・作戦室
震動が止まらず、地図が落下する。
「魔力観測塔が悲鳴を上げています!
これは……大規模魔王級を超える値だ!」
王は目を細めた。
「……封印区域だな。何かが起きた」
◆ エルフの大樹宮
長老が杖を地に突き、葉がざわめく。
「……300年の眠りが……目を覚ましたのか」
◆ 竜族の天空城
竜王が竜翼を広げ、天を睨む。
「また世界が……揺らぐのか」
◆ 天使族・神殿都市
大天使長は震える声で言った。
「……まさかな…………」
◆ 悪魔王国・深淵の玉座
魔王がゆっくりと立ち上がる。
「ネメシア、……
お前の娘が、動いたか」
世界は同時に“目覚め”を察した。
封印の揺れだけで、これほどの衝撃。
完全に解放されたなら、世界の形すら変わるかもしれない。
◆
【封印の間】
暴風が止まらない。
ルシェラは感情を抑えられず、涙のように魔力をまき散らす。
「セリウスは……
私を守って……
私に生きてほしいと言って……
なのに……!」
魔力が結晶化し、空中を漂う。
泣きながら世界を壊す、そんな矛盾した力。
迅は魔力で裂かれた頬を押さえながらも、前に進む。
「やめろ……その力は君を苦しめるだけだ」
「黙って!!」
彼女の叫びが、大地を割った。
床が崩れ、魔力の奔流が噴き出す。
まるで世界の底から悲鳴があがっているようだった。
迅は深く息を吸った。
(……善悪判定……)
そのスキルが発動し、ルシェラの本質が視界の奥に鮮明に浮かび上がる。
【判定:彼女は悪ではない】
【本質:喪失/孤独/愛された記憶/そして……救いを求める声】
(……こんなにも……泣いているのか……)
迅は、彼女へと手を伸ばした。
「……泣いていい」
その一言に――
ルシェラの魔力が揺れた。
瞳が震える。
「……泣く……?
私は……泣いて……いいの……?」
「誰よりも……泣いていい」
その瞬間。
ルシェラの魔力が、音もなく消えた。
力が抜け、膝から崩れ落ちる。
「セリウスが……いない……
お母様も……お父様も……
誰も……いない……」
涙が零れた。
300年ぶりの涙。
それは、封印の間に静かに落ち、
光となって消えた。
迅はそっと近づき、倒れそうな彼女を受け止めた。
ルシェラは震える声で――
その名を呼んだ。
「……セリウス……」
ルシェラの涙が止まる。
そして、小さく囁いた。
「……セリウスが、言ってた……
“いつか君を理解してくれる者が現れる”って……
あなたが……それなの?」
迅は答えず、ただ静かに彼女を支えた。
封印の間には、ようやく静寂が戻った。
だが――
外の世界では、“史上最大級の異変”がすでに始まっていた。
物語は、ここから世界規模へ動き出す。




