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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

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『黒の騎士』


 最下層の闇は、もう魔物の息遣いすら途絶えていた。

 迅は剣を握りしめながら、血と魔力の匂いが混ざり合う空気を吸い込んだ。


(全部……倒した。

 でも――まだ終わりじゃない。

 この奥から、ずっと……何かを感じている)


 それは魔物の殺気とは違う。

 もっと深く、重く、澱のように沈んだ気配。


 闇の奥へ足を踏み出すたび、胸の鼓動が早まっていく。


 ――カァン。


 金属が地面を叩く音が響いた。

 一度。

 そして、二度。


 迅は剣を構えた。


 暗闇の中から、ゆっくりと“それ”が姿を現す。



 全身を漆黒の鎧で覆い、

 頭には裂け目すらないヘルム。

 背丈は迅より頭一つ分は高い。


 右手に握るのは、黒鉄の大剣。

 刃渡りは迅の身の丈ほどもある。


 だが――驚くほど静かだ。


 魔物のように吠えもしない。

 人間のように言葉を発しない。


 ただ、立っているだけで、空気が軋む。


「……な、んだ……?」


 返事はない。


 黒の騎士は、ゆっくりと剣を持ち上げた。


 その動きは重鈍ではない。

 まるで風の流れのように滑らかで、

 剣の重さを感じさせない。


(強い……!

 近づく前からわかる。

 この“圧”は、これまでの魔物とはまるで違う……!)


 全身の毛が逆立つ。

 迅は無意識に喉を鳴らした。


「来いよ……!」


 迅が踏み込む。

 足元の石床が砕けた。


 黒の騎士は動かない。

 ただ、大剣を静かに構えたまま。


(動かない……? なら――)


 最速の斬撃を叩き込む。


 剣が黒騎士の胴を――


 ――ガキィン!


 金属音が洞窟全体を揺らした。


「……っ!?」


 衝撃で腕が痺れる。

 刃が弾かれた。


(硬い……!

 いや、これは――ただの防御じゃない!)


 黒の騎士の体は揺れていない。

 一歩も。


 その体勢から、初めて“動いた”。



 大剣が横薙ぎに振られる。

 目で追えない。


「うおっ――!?」


 迅は反射で後ろへ跳んだ。

 空気が切り裂かれ、斬撃の余波が頬を裂いた。


 地面に落ちた血が、白い蒸気となって散った。


(見えなかった……!)


 黒騎士はもう、目の前に迫っていた。

 歩いているわけではない。

 “瞬間移動したように見える速度”だ。


「くそっ――!」


 剣を受ける。

 衝撃で腕が軋む。


 骨が割れそうなほどの圧力。

 膝が床へ押しつけられた。


(やばい……!

 このままじゃ押し潰され――)


 迅は踏み込み、黒騎士の剣を受け流した。

 体勢を崩した瞬間に、逆に斬り返す。


 ――しかし。


 黒の騎士は動いていなかった。

 受けたわけでも、避けたわけでもない。


 斬撃自体が“届く前に”止まっていた。


「うそ……だろ……」


 黒騎士はすでに背後にいた。


 剣を振り下ろす。

 迅は転がり避けたが、斬撃の風圧だけで背中が裂けた。


「ぐっ……ああッ!!」


 血が噴き出す。

 痛みで視界が揺れた。


(ま、まだ……死ねない……!)


 迅は立ち上がる。

 呼吸を整え、黒騎士を見る。


 黒の騎士は微動だにしない。

 呼吸音すらない。

 ただ冷たく、無表情な“殺気”だけが漂う。


 それは“怒り”ではない。

 “憎しみ”でもない。


 純粋な、徹底した静寂。


(この相手は……何なんだ……

 本当に、魔物なのか……?)



 再び両者が踏み込む。


 迅の斬撃が十、二十と繰り出される。

 黒騎士は受ける。

 一歩もずれずに。


 剣の腕を比べれば、迅のほうが速い。

 しかし黒騎士の一撃は――


 ただの一撃で、世界を塗り潰すような重さを持っていた。


 床が砕ける。

 空気が震える。

 洞窟の壁が割れる。


「は……はは……なんだよ……この差……」


 迅の笑みは、恐怖と昂揚の混じったものだった。


 しかし――

 ここで終わるわけにはいかない。


(俺は……絶対、ここで死ねない!

 仲間を……リリィたちを残して……!)


 黒騎士の大剣が再び持ち上がる。


 その刃が空気を震わせた瞬間――


 迅の目が初めて、黒の騎士の“奥”を見た。


(……え?)


 一瞬だけ。

 本当に一瞬。

 黒の騎士の剣から、何か別の“温度”を感じた。


 怒りではない。

 憎悪でもない。


 もっと深い――

  願いに近い何か。


 しかし、その意味を読み取る暇はない。


 黒の騎士が踏み込んだ。


 地面が沈むほどの踏み込み。

 剣を振り下ろす。


「くっそおおおおッ!!」


 迅は剣を構え――真正面から迎え撃つ。


 轟音。


 二つの剣がぶつかり、

 最下層の空気そのものが爆ぜるような衝撃が走った。

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