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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

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『闇の底』


 地下六階層へ降りた瞬間、空気は重く沈み込んだ。

 ひんやりとした湿気に魔力の匂いが混じり、胸の奥が鈍く軋む。


「……敵の気配が濃いな」


 ガルドが鼻を鳴らす。

 その直後、上方から黒い影が落下してきた。


「来るぞッ!」


 迅は剣で受け止める。振りおろされた爪の衝撃が腕を痺れさせた。


「《ファイアランス》!」


 リリィの炎槍が黒影を貫き、ルーナの風刃が側面から切り裂く。

 続けざまにガルドが敵を押しつぶすように拳を叩き込んだ。


「ふう、上層と比べてまるで別物ね……」


 ルーナが息をつく。


「悪くない動きだ。お前ら、頼もしくなったな」


 振り返ったグレンが笑った。


 剣を収めた迅は汗をぬぐい、呼吸を整える。


「よし、奥へ進むぞ。ここから先が中枢フロアだ」


 一行は奥の広間へ足を踏み入れた。



 そこは、奇妙な静けさを宿した円形の部屋だった。

 床には細かな文様が刻まれ、中央に向けて放射状に広がっている。


「なんか……落ち着かない場所だね」


 リリィが袖を握る。


「魔力が濃いだけさ。気にするな」


 グレンは軽く笑い、前に進んでいく。


 迅と仲間たちも後に続く。


 その途中――。


「……」


 ルーナが一瞬だけ足を止めた。


 風の流れが、さっきからわずかに乱れている。

 まるで“この部屋だけ”風が避けているような奇妙な感覚。


(……嫌な気配)


 そう思ったが、根拠はなかった。

 自分の感覚が敏感になりすぎているだけ、とルーナは思い直す。


「ルーナ?」


「ううん、なんでもない。進みましょう」



「迅、この辺り気をつけて歩けよ」


 ガルドが前方を確認しながら声をかける。


「うん、ありがとう」


 迅が一歩踏み出したその瞬間だった。


 パキン、と小さな音が響く。


(……え?)


 文様の線が淡く光を帯び――

 まるで長い眠りから覚めたように、空間が震えはじめた。


「迅、止まって!!」


 ルーナの叫びが反射的に響く。


 だが――早すぎた。


 ドンッ!!


 床が爆ぜるように砕け、中心が大穴を空ける。


「わっ――!!」


 迅の体は吸い込まれるように落下した。


「迅!!!」


 リリィが手を伸ばす。


「捕まれッ!!」


 ガルドも腕を伸ばした。


 グレンも驚愕の表情で飛びつく。


 しかし――。


 穴はあまりにも深かった。

 風が迅の体をさらっていき、仲間の指先は届かない。


「迅!!!」


 リリィの叫びは届かない。

 あまりにも深すぎる暗闇が迅を呑み込んだ。



 ――落下の衝撃。


 ――息を奪う冷たさ。


 迅は叫ぶ間もなく、何かに叩きつけられた。


 ドボォン!!


 水だった。


(っ……助かった!?)


 頭を上げると、そこは広い地下湖のような泉の中心。

 天井は遥か上、もはや地上の光は見えない。


 迅は必死に泳いで岸へとたどり着き、身体を震わせながら立ち上がった。


「……ここは……どこだ……?」


 足元は黒い岩盤。

 息をするたび冷気が肺に入り、全身が震える。


 見渡しても光がなく、ただ暗闇だけが広がる。


(……戻れない)


 喉が鳴る。


 恐怖が胸を締め付けた。




 その頃、崩落した階層――。


「…………迅……!」


 リリィの声は震えていた。

 穴の縁まで身を乗り出し、何度も呼ぶ。


「迅!! 聞こえる!? ねえ!!」


 しかし、返答は一切ない。


「……深すぎるな」


 ラードが光の魔法を穴へ落としたが、光はすぐに吸い込まれて消えた。


「ロープも梯子も意味ねぇ深さだ……」


 ガルドの声は苦渋に満ちていた。


 その横で、グレンは拳を握りしめる。


「……救助隊を呼ぶしかねぇ。

 このまま突っ込むのは全員死ぬだけだ」


「でも……でも……!」


 リリィが振り返る。


「リリィ」


 グレンは静かに彼女の肩に手を置いた。

 怒りも嘲りもない、ただ必死な仲間を励ますような眼差し。


「迅はきっと生きてる。

 だったら、生きてるうちに助けられればいいだろ?」


「……っ」


「まずギルドに報告だ。

 それが一番迅を助ける近道だ」


 リリィは唇を噛み、悔しさと不安の涙を堪えた。


 ルーナは穴をじっと見つめたまま、小さく呟く。


(……風が、下に吸い込まれてる。

 生きてる……はず)


「行くぞ」


 グレンは仲間全員を率いて背を向けた。


 ――その歩みは堂々としていて、

 誰にも“悪意”を感じさせないものだった。



 最下層・迅。


 しばらく歩くと、奥の闇が揺れた。


 ――ギギャアア……


 ――ガサガサ……


 黒い影が蠢いている。


 数十……いや、数百の魔物。


 その奥で、地響きのような唸りが響く。


(……囲まれてる)


 迅は震える足を無理やり止め、剣を握り直した。


「……来いよ」


 声は震えている。

 それでも、逃げる気はなかった。


 絶望の最下層で、魔物の軍勢を迎え撃つ。

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