『不穏な影』
気は上層とはまるで別物になった。
冷たく、鋭く、どこか針のように肌を刺す。
「ここから先は気を抜くなよ」
グレンが前で大剣を構え、周囲を見回す。
その声に、迅は自然と喉を鳴らした。
緊張はある。それでも、仲間がいるという安心の方が大きい。
「来るぞ!」
影のような魔獣が天井から落ちてくる。
ガルドが拳で迎撃し、リリィが火球を放つ。
ルーナが風の刃を飛ばし、迅も剣で追撃した。
連携は乱れない。
「いい動きじゃねえか、お前ら」
グレンが余裕の笑みを見せる。
通路を抜け、広い空間に出た。
「少し休もう」
グレンが灯りの魔石を置くと、青白い光が岩肌を照らす。
「迅、水いる?」
「うん、ありがとう」
リリィに渡された水筒を飲みながら、迅は深く息をつく。
その間、ラードは周囲の壁に手を当てていた。
「壁の魔力、だいぶ濃いな……
下層って感じがする」
淡々とした声。
それは、どこの冒険者でもするような、
ただの環境確認にしか聞こえなかった。
「何か問題?」
迅が何気なく尋ねる。
「いや、別に。
この階層は魔力が高いから、変な流れがあるだけさ」
そう言って肩をすくめるその姿には、
特別な意図など欠片もないように見えた。
実際、迅もリリィもガルドも、何も感じ取れなかった。
ただ一人――ルーナだけが、視線をゆっくりと宙に上げた。
「……風が、落ち着かない」
「え? なんか言った?」
リリィが振り返る。
「ううん。なんでもないわ」
ルーナは微笑んだ。
だがその瞳の奥には、ほんのわずかな翳り。
(……気のせいだといいんだけど)
精霊族の耳にだけ触れるような、
小さな、小さな“ざわめき”。
それは道を照らす炎の揺らぎにも、風の筋にも似ていた。
ただ、それだけ。
「よし、進むぞ!」
再び歩き出す一行。
敵の強さは確実に増していたが、
六人の連携はむしろ磨かれていた。
「迅、左!」
「わかってる!」
迅が影を叩き、ガルドが壁際へ押し込み、
リリィがとどめの火球を叩き込む。
「フッ……いいじゃないか」
グレンが満足げに笑う。
その笑みは、どこからどう見ても“信頼に足るリーダー”だった。
階段の入り口に立ったとき、
ルーナがふっと振り返った。
「……迅。気をつけてね」
「え、うん。ありがとう?」
迅は首をかしげた。
「なんで急に?」
ガルドが笑う。
「……ただの勘よ」
ルーナはそれだけ言った。
風が、ほんの一瞬止んだ気がした。




