『合同パーティー』
翌朝。
黒淵の奈落へ向かう馬車の前に、二つのパーティーが揃って立っていた。
迅、ルーナ、リリィ、ガルド。
そしてグレン率いる“鉄牙の灯火”の三名――盾士バルド、魔槍使いシェリス、後衛の詠唱士ラード。
これまで何度か揉め事を起こしてきた顔ぶれ。
だが今日のグレンは、どこか空気が違っていた。
「……迅たち。今日はよろしく頼む」
丁寧すぎるほどに頭を下げる。
リリィは驚きで目を丸くし、ガルドは小声で漏らした。
「おいおい……あいつ、何を食ったんだ?」
ルーナはグレンをじっと見つめながら、薄く目を細める。
風が、静かに渦を巻くような気配を運んでいた。
馬車はゆっくりと動き始めた。
黒淵の奈落は街から半日――森を抜け、岩山を越えた先に口を開けている。
並走する二台の馬車のうち、迅たち四人は一台目に乗り込んでいたが、
グレンはあえて同じ馬車に乗り込んだ。
「……狭くて済まないな。だが話したいこともあってな」
そう言って柔らかく笑うグレン。
その笑顔は、以前の彼とはまるで別人のようだった。
「迅、氷狼王との戦い……聞いた。
お前の判断で、多くの避難民が救われた。あれは立派なものだ」
「……ありがとう。俺だけじゃなく、みんなのおかげだ」
迅がそう答えると、グレンは深く頷いた。
「昔の俺は、お前のことばかり敵視していた。
だが、それも全部……俺の未熟さだったんだと思う。」
妙に言葉が綺麗だ。
その違和感は、ガルドが小さく唸ったほどだ。
(……妙だ)
迅もまた、胸に小さなひっかかりを覚えていた。
だが、“改心”したように見えるグレンを疑う自分が、どこか嫌でもあった。
氷狼王との闘いを経て、迅の中の“信じたい”という気持ちが強くなっていたのだ。
馬車が軋むたびに、ルーナはひそかに窓へ視線を向ける。
そして、ふっと目を閉じた。
(……風が落ち着かない)
その違和感は、グレンが馬車に乗った瞬間から続いている。
危険というほど強くはないが、
“何かが隠されている”と告げるような微かなざわめき。
ルーナは小声で呟いた。
「迅……油断しないで」
「え?」
「今はまだ分からない。でも、何かが……変よ」
迅は返事に詰まる。
グレンの声が隣から聞こえてきた。
「迅。お前の力、ぜひ俺の目で見てみたい。
氷狼王を鎮めた時、お前は何を考えていた?」
役割を忘れたかのような穏やかな声音。
迅は少しだけ考えてから答えた。
「……守りたかった。敵とか味方とかじゃなくて。
怒っていたのは……氷狼王の方じゃなく、人間の方だったから」
「なるほどな……」
グレンはどこか感慨深く目を閉じた。
――だが、ルーナの視線は冷えていた。
(……その言葉を聞いて、今のように笑うのは変)
午後。
山の影が長くなり、空気が冷え始めたころ。
「――着いたぞ、黒淵の奈落だ」
御者の声に、馬車が止まった。
馬車を降りた瞬間、ひやりとした空気が肌を刺す。
岩山の裂け目の奥、巨大な黒い洞窟が口を開けていた。
その入口には、紫色の霧が渦巻き、内部の光を飲み込んでいる。
生命の気配が薄く、代わりに“何かが蠢く”圧力だけが漂っていた。
「ここが……」
「活性化が進んでるわね……」
リリィとルーナが息を呑む。
グレンは剣を抜き、深く息を吸った。
「――行こう。
この先は、二つのパーティーで力を合わせて進む。
皆、頼む」
表情は清々しくさえ見える。
その言葉を聞いたバルドやシェリスも気合を入れ直した。
迅は、ほんのわずかに迷ったが――
グレンの瞳を見て、心を決めた。
「……ああ。行こう」
その瞬間、ルーナは風のざわめきが少し強まったのを感じた。
(どうか、迅が無事でありますように……)
黒淵の奈落。
その闇の中へ、二つのパーティーが足を踏み入れる。




