『危険な誘い』
氷狼王フェルドランとの戦いを終え、凍土の風の中に残った余韻は、迅の胸に深く沈んでいた。
ヘルズリッジの町へ戻る道すがら、誰も多くを語らなかったが、四人の足取りには確かな強さが宿っていた。
自然の怒りと、守ろうとする意思を目の当たりにした――
その経験は、彼らの中に“戦う理由”をひとつ刻み込んでいた。
しかし、町に戻って二日後。
その静かな決意は、思わぬ訪問者によって揺さぶられることになる。
ギルドの扉を押し開けると、いつになくざわついた空気が流れていた。
受付のエマが迅たちに気づき、小走りで近寄ってくる。
「迅さん、来てくれてよかった……。今日、グレンさんが話があるって……」
「俺たちに?」
迅が首を傾げたそのとき。
ギルドの二階席から、静かに階段を降りてくる影があった。
金髪の青年、鋭い目つき。
その表情には、珍しく緊張と焦燥が滲んでいた。
――グレン。
迅たちの前に立つと、彼は深く頭を下げた。
「……まず、謝りたい。今までの無礼な物言い、態度……そして、迅。
お前の力を認めず、ただ敵愾心をぶつけていた」
「……どうしたんだ、急に」
迅の問いかけに、グレンは唇を噛んだ。
「上級ダンジョン――“黒淵の奈落”が活性化している。
近隣の村からの避難民も増えている。俺たちだけでは手に負えない」
そこまで言うと、彼は拳をぎゅっと握りしめた。
「頼む。協力してくれないか。
俺たちと合同で、ダンジョン攻略を――」
ギルド内が一瞬で静まり返った。
ガルドは眉をひそめ、リリィは驚いたように目を見開く。
ルーナはじっとグレンを観察していた。
“怒り”でも“嫉妬”でもない。
どこか追い詰められた目をしている。
「……何が起きてる?」
迅が尋ねると、グレンは深く息を吐き、低く答えた。
「最下層の封印が揺らいでいる。
何が出るか分からない。
だが、いまのまま放置すれば……村がいくつも消える」
その声は震え、嘘をついているようには見えなかった。
ギルドの一室。
迅、ルーナ、リリィ、ガルドの四人が揃い、相談が始まった。
「どう思う?」
迅の問いかけに、ガルドが腕を組んだまま答える。
「……あいつが頭を下げるなんてありえねぇ。
それほど追い詰められてるってことだ。
村を守るためなら、行く価値はある」
リリィも頷く。
「避難民が出てるって言ってたし……放っておけないよ」
一方で、ルーナは険しい顔をしていた。
「迅……気をつけて。
グレンの言葉には嘘はない。でも、それだけじゃない」
「それだけじゃない?」
「うん。彼は“恐れている”。
……あなたのことを」
迅は息を呑む。
「そんな、俺が?」
「迅が氷狼王と対峙し、あの吹雪を止めたのを見ていた者が、町にいっぱいいる。
何かが変わったって、皆分かってる。
グレンは……あなたを、“利用しようとしてる”可能性がある」
リリィがはっと表情を曇らせた。
「ま、まさか罠……?」
「……断言はできない。でも、風は警告してる」
迅はしばらく沈黙した。
信じたい気持ちと、ルーナの言葉、
そして氷狼王との闘いで得た“守りたいという想い”が胸の中でぶつかり合う。
「……迅」
リリィがそっと声をかける。
「行くなら、私たちも一緒だよ」
「当たり前だ」
ガルドも拳を鳴らす。
「罠だったら、ぶち壊してやるだけだろ」
ルーナが静かに頷いた。
「迅の選択に従うよ。
でも……気をつけて。何か、風がざわついている」
迅は深く息を吸い、ゆっくり吐き出した。
「……行こう。
危険でも、避難民がいるなら、放ってはおけない。
罠かもしれない。でも、それでも……俺は行きたい」
その言葉に、三人が胸を張って頷いた。
ギルドの広間に戻ると、グレンは真剣な表情で立ち上がった。
「答えは……?」
迅は一歩前に出る。
「参加する。
黒淵の奈落の攻略――合同で挑もう」
その瞬間、グレンは安堵の息を吐き、深々と頭を下げた。
「……助かる。本当に、ありがとう」
だがその表情の奥に、
迅の胸をざわつかせる影が一瞬だけよぎった。
後悔か。
期待か。
恐怖か。
それとも――もっと別の何か。
迅には、それを見極めることはまだできなかった。
――こうして、
次の大きな転機が静かに幕を開けた。




