氷狼王フェルドラン
――氷晶の玉座が脈打った。
微かな光は次第に強くなり、洞窟全体が震え始める。
低い地鳴りのような響きが足元から伝わり、天井の氷柱までもが震動する。
「……来るぞ」
ガルドが剣を構えた瞬間だった。
氷晶の表面が内側からひび割れ、白い光が漏れ出す。
まるで巨大な心臓が鼓動を返したようだった。
そして――
轟音と共に氷晶が砕け散る。
砕けた氷の中から姿を現したのは、
白銀の巨狼。
その体長は十数メートル。
全身から蒼い凍気を放ち、黄金の双眸が目覚めの光を受けて開かれた。
「……でか……っ」
リリィが声を失う。
巨狼は、まるで空気そのものを震わせるように低く唸り、
次の瞬間――
咆吼が、吹雪になった。
轟きが洞窟を突き破り、天井から雪片が降り注ぐ。
外の吹雪が一気に内部へ流れ込み、氷の嵐が渦を巻いた。
「耳を塞げッ!」
ガルドが叫び、四人は即座に体勢を低くする。
咆哮が止むと同時に、巨狼はゆっくりと頭をもたげた。
天地を貫くような威圧感。
その瞳は明らかな怒りを帯びている。
だがその怒りは、ただの殺意ではなかった。
「……不思議……敵意だけじゃない」
ルーナが震える声で呟く。
「守る者の……痛みの匂いがする」
巨狼はゆっくりと口を開いた。
深い、低い声が、空気を震わせて流れ出る。
「――人間よ。
なぜ我が地を穢した」
その一言に、四人は息を呑んだ。
「しゃ……喋った……?」
「精霊語……でも、人の言葉にも聞こえる」
ルーナの眉が跳ね上がる。
巨狼――氷狼王フェルドランは、ゆっくりと立ち上がった。
その白い毛並みに走る蒼い光は、怒りに呼応して脈動し始める。
「貴様ら人間は、眠りを乱し、封印を破った。
氷嵐を呼ぶ“核”を掘り起こした。
この地の均衡を……壊した。」
「核……?」
迅は思わず呟く。
リリィが言う。
「北方開拓団の噂……大規模な採掘をしているって……」
その瞬間、フェルドランの目が鋭く細まった。
「――許されぬ。」
大地が震えた。
王の全身から凍気が爆発し、氷の刃となって四方へ放たれる。
「避けろ!!」
ガルドが迅をかばい、ルーナは風壁を展開する。
リリィは震える手で炎の魔力を凝縮し、氷の刃と相殺させた。
「止めないと……このままじゃ町も吹き飛ぶ!」
リリィが悲鳴のような声を上げる。
「フェルドラン! 話を――」
迅が叫ぶが、フェルドランの目は怒りに曇っていた。
返ってきたのは咆哮だけだ。
巨大な爪が振り下ろされる。
「迅ッ!!」
ガルドが飛び込み、斧で爪を受ける。
火花ではなく氷片が散り、ガルドの足元が一気に凍りつく。
「ぐっ……おおおおおッ!!!」
ガルドが全力で斧を押し返すが、王の一撃は山をも砕く威力だ。
「リリィ援護!」
「分かってるッ!」
炎弾が爆ぜ、フェルドランの側面をかすめる。
しかし――
「ダメだ……凍気が炎を喰ってる!」
「王の魔力が強すぎるのよ!」
ルーナが風壁を広げながら叫ぶ。
フェルドランはその巨体に似合わないほど素早く跳躍し、
氷晶の上から四人を見下ろした。
「この聖域を……守るためだ。
我は滅ぼす。穢れし者すべてを。」
再び吹雪が荒れ狂う。
氷の槍が無数に降り注ぎ、足元の地面が次々と凍り割れていく。
「くそ……! このままじゃ押し潰される!」
ガルドの声が荒くなる。
「迅、どうする!?」
「……戦うしかない!」
迅は剣を握りしめ、王の足元へ駆け込んだ。
フェルドランが驚いたようにわずかに目を見開く。
その一瞬に、迅は吠えた。
「俺たちは……“壊しに来たんじゃない”!!
守りたいんだ!! この地も、人も、お前たちもッ!!」
風が逆巻き、炎が燃え上がる。
仲間たちが迅の叫びに呼応するように動き始めた。
――対話は届かない。
だが、守りたい気持ちを伝えるために戦うことはできる。
「行くぞみんな!!
王を……鎮める!!」
四人は叫び、同時に走り出した。
氷狼王フェルドランの巨大な影が、吹雪を背負って突き進む。
凍土の聖域で、かつてない総力戦が始まった――。




