表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/100

『凍土の牙』

 氷壁の裏側に広がる静寂の空間は、まるで別の世界だった。


 吹雪は弱まり、風は一定の方向へと流れている。凍りついた空気の奥から、微かな脈動だけが響いていた。


「……この奥に、何かがいる」


 ルーナの声は白い息に溶けるように小さかった。


 迅は石碑に刻まれた“聖域”という言葉を思い返す。

 守られているのか、それとも――閉じ込められているのか。


「進むか?」


 ガルドが斧を握り直す。


「行こう」


 迅は頷き、足を踏み出した。


 その瞬間だった。


 ――風の音が変わった。


 鋭い雪煙が横から走り抜けたかと思うと、視界を白銀の影が跳ね回った。


「来るッ!」


 ルーナの叫びと同時に、四方から氷狼が飛び出した。


 先ほど遭遇した群れよりも数が多い。

 それだけではない――動きが異常に揃っている。


 一匹が跳び上がれば、二匹目が死角を狙い、三匹目が逃げ道を塞ぐ。

 誰かが指示を出しているかのように。


「リリィ、右上!!」


「分かってる!」


 炎の矢が炸裂するが――

 氷狼の吐く凍気がそれを瞬時に覆い、霜の塊へと変えてしまう。


「また……魔法が凍らされてる!」


「冷気が強すぎるのよ!」


 ルーナの風障壁が氷狼を弾くたび、氷片が弾けた。


 ガルドが前へ躍り出る。


「前線は任せろッ!」


 巨大な氷狼が牙を剥いて突っ込んでくる。


 ガルドは肩で受け止め、そのまま斧で横薙ぎに切りつけた。


 氷狼の身体が雪を巻き上げながら転がっていくが、すぐに別の二匹が代わりに前列へと躍り出た。


「こいつら……全然怯まないぞ!」


「怯えてるのよ」


 ルーナが唇を噛む。


「だから攻撃を止めない。背後に大事なものがあるとき、獣は引かない――」


 ルーナの言葉を遮るように、一匹の氷狼が高く跳び、迅の頭上へ降りかかる。


 迅は反射的に短剣を構え、刃を横に払った。

 氷狼の体が軌道を逸れ、雪に叩きつけられる。その一瞬、迅は狼の「眼」を見た。


 ――恐怖だ。

 そして、悲しみ。


(なんで……こんな目をしてるんだ)


 怒りでも狂気でもない。

 追い詰められ、誰かを守るために必死に牙を向ける眼。


「迅! 集中してッ!」


 リリィの叫びで現実に引き戻される。

 氷狼が二匹同時に突進してきていた。


 迅は剣を逆手に持ち替え、一匹の顎を斬り上げる。


 すぐに二匹目が横から飛びかかる。

 間に合わない――そう思った瞬間、


「吹き飛べぇッ!!」


 ガルドの斧が氷狼を弾き飛ばした。


「助かった!」


「礼はあとだ、まだ来るぞ!」


 群れの動きは止まらない。


 氷壁の前には十数匹が並び、牙を鳴らしながらじりじりと距離を詰めてくる。

 その背後から、さらに影が増えていくのが見えた。


「多すぎる……っ!」


 リリィが息を荒げる。


「このままじゃ消耗するだけよ!」


 ルーナが風を巻き上げ、雪煙を晴らす。


 その瞬間、迅の視界に奇妙なものが映った。


 氷壁の右側――

 凍った地面が、丸く削れたように凹んでいる。

 獣道のような形跡もある。


「ガルド! 右へ抜ける道がある!」


「了解だ!」


 ガルドが先陣を切り、狼の群れを蹴散らしながら道を開く。


 ルーナの風が側方から押し返し、リリィの炎が凍気の壁を一瞬だけ破る。


 その隙に迅は走り抜けた。


「こっちだ! みんな急げ!」


 氷狼たちが吠え、後を追ってくる。


 だが、狭い道に入るや否や、彼らは足を止めた。


 谷の崖道と同じ――境界線だ。


「……やっぱり、この奥が“守られてる場所”なんだ」


 迅は息を整えながら呟く。


「先に進みましょう」


 ルーナが頷き、風を前へ流す。


「風が……向こうへ吸い込まれてる。何かが導いてるみたい」


 三人が頷き、迅が先頭に立つ。



 道の先は、巨大な洞窟になっていた。


 氷壁に囲まれた内部は、淡い青の光に満ちている。

 天井から伸びる氷柱が幾重にも重なり、その中央に――


「……広い……」


 リリィが思わず息を呑む。


 洞窟はまるで王宮の大広間のようだった。


 氷の床は鏡のように滑らかで、両側に自然とは思えない柱が続く。


 そして奥には――巨大な氷晶が玉座のようにそびえ立っていた。


「ここが……“王の間”?」


 迅が呟く。


 ルーナが頷く。


「風がここで止まってる……中心よ。凍土全体の“心臓”みたいな場所」


 近づくほどに、空気が重く震え始める。

 氷の奥で、何かが眠っている。


 先ほど氷狼が命を懸けて守った理由が、ここにはある。


 静寂。

 雪も風も止まった、絶対零度の空間。


 迅は剣に手を添えながら、仲間を見た。


「……行こう。ここに“答え”がある」


 四人が氷晶の玉座へ歩み寄る。


 その瞬間、洞窟全体が――低く、唸った。


 氷が軋み、空気が震え、奥の氷晶がわずかに光を宿す。


 まるで、白き巨影が、眠りの底で呼吸を始めたように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ