『休息の街』
黒樹の森での異変を解決して三日。
迅たちは久々に、穏やかな朝を迎えていた。
ギルド近くの大通りは、行商人や旅人たちで賑わっている。
空気は少しだけ冷たい。季節の移り変わり……にしては、肌に刺さる寒さだ。
「ねぇ迅、買い物付き合ってよ!」
リリィが嬉しそうに手を振る。
「いいよ。装備もそろそろ新調したいと思ってたしな」
「よし! じゃあまずは防具屋さんから!」
リリィの明るい声に、迅はふっと笑みをこぼす。
黒樹の森では必死だった。ようやく、心が休まる時間が来たのだ。
◆ 防具屋「アイゼン工房」にて
「ほぉ、あんたら、黒樹の森の異変を止めたってパーティーか?」
店主の武骨な男が、迅の革鎧を見て目を細めた。
「は、はい。……まぁ、なんとか」
「よく生きて帰ったな。」
店主は棚から黒鉄の軽鎧を持ってくる。
「これがおすすめだ。軽いが防御力は高い。森系の魔獣相手に強いぞ」
「……これ、少し高くない?」
迅が値札を見て戸惑うと、
「買おうよ迅!」
リリィが胸を張る。
「だって、迅は前に出るんだもん。いい装備してないと、私たち守れないよ」
そのまっすぐな目に、迅は言葉を失った。
胸の奥が、なぜだか温かくなる。
「……ありがとう。じゃあ、これにする」
「うんっ!」
リリィは自分の杖も新調し、満足げに笑った。
◆ 大通りの露店にて
「これが……獣人用の研磨油か」
ガルドが小瓶を手に取る。
「安いな」
店主が笑う。
「旦那みたいな獣戦士にはぴったりだよ。拳に塗れば衝撃が増す」
「試してみる……か」
ガルドは硬い表情のまま、どこか嬉しそうに瓶を買った。
その少し離れた場所で、ルーナが風鈴の飾りを見つめていた。
小さな風の精霊が描かれた、美しい細工だ。
「ルーナ、これ好きなのか?」
迅が声をかけると、
「……音の鳴るものは、風を感じるのよ。風鈴の音色って、好きなの」
その静かな微笑みに、迅は胸が柔らかくなる。
◆ カフェにて
買い物を終え、四人は町外れのカフェで休憩していた。
暖炉の火が心地よく、焼き菓子の香りが店内に広がっている。
「いやぁ〜、働いた後の甘いものは最高だね!」
リリィがケーキを頬張る。
「お前、よくそれだけ食えるな……」
ガルドが呆れる。
そんな中、隣の席の旅人たちの会話が耳に入った。
「聞いたか? 北のヘルズリッジがまた吹雪で閉鎖だってよ」
「え? もう初冬だぞ? なんでそんな……」
「それが、一月前から“氷狼の群れ”が異常発生してるらしい。
狩人が襲われたり……もう十何人も被害が出てるんだと」
「ひ、氷狼……?」
リリィの顔から色が引いた。
ガルドも眉間を寄せる。
「ただの狼じゃない。群れの魔獣……だよな」
迅が呟く。
「……気になるわね」
ルーナが淡々と続ける。
「普通、狼の群れが人里を襲うなんてありえない。
しかも“統率がある”って噂も聞こえたわ」
「統率……?」
迅は首筋に寒気が走るのを感じた。
ガルドが拳を握る。
「ヘルズリッジの依頼……出てるのか?」
「確か、ギルドの掲示板に長期遠征の依頼が……」
リリィが立ち上がる。
「……見に行ってみよう」
迅が頷いた。
四人は店を出て、ギルドへ向かう。
空には薄い雲がかかり、陽は早々に陰り始めていた。
――冬でもないのに、冷たすぎる風。
――北で吹き荒れる異常な吹雪。
――決して野生では見せない氷狼の“群れの連携”。
全てが“何か”を示していた。
「迅」
リリィが小さく声をかける。
「次の依頼……たぶん、簡単じゃないよね」
迅はわずかに微笑む。
「簡単な依頼なんて、最初からなかったよ。俺たちの旅は……ずっとそうだ」
「そ、そうかもね……!」
リリィも笑って頷いた。
そのとき、北から冷たい風が吹き抜けた。
陽は沈み、空には白い光――雪のような小さな粒子が舞い落ちてきた。
「……雪?」
「いや……まだ時期じゃないはずだ」
ルーナが空を見上げて静かに告げる。
「――北で、“何か”が呼んでいる」
それは、氷狼の咆哮の前触れだった。




