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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

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『腐蝕の根を断て』


 黒樹の森の奥は、静寂というより“息を潜めている”ようだった。


 風の音もなく、ただ枝が擦れ合うわずかな音が不気味に響く。


「……少しずつ、空気が重くなってる」


 ルーナが耳を澄ませながら言った。


 風を司る彼女には、魔力の流れが“詰まる”感覚がはっきりと伝わっていた。


 迅は足を止め、木の幹に手を当てる。


 冷たい。生命の温度を失ったように、森そのものが冷え切っていた。


「森が……苦しんでる気がする」


「魔力が腐ってるのよ」


 リリィが炎の小球を指先に灯し、暗闇を照らす。


 その光に照らされた木々の根は、黒い脈を浮かべるように波打っていた。


「これが“腐蝕”か……」


 ガルドが低く唸る。

 彼の獣人の感覚でも、この森の匂いは異常だった。生き物の匂いがしない。


 やがて、地面の下から“何か”が蠢く音がした。


 湿った土が持ち上がり、巨大な根が地上に姿を現す。


 その表面には目のような瘤が無数にあり、まるで意思を持つ生物のようだった。


「下がれっ!」


 迅が叫ぶと同時に、黒い根が蛇のように伸び、リリィを狙って地を突き破る。

 ルーナの風障壁が瞬時に展開し、衝撃を逸らす。


「リリィ、後方! ガルド、右側を抑えてくれ!」


「了解だ!」


 ガルドが前に躍り出て、拳に魔力を集中させる。


 地面に拳を叩きつけると、衝撃波が広がり、根の一部が跳ね上がった。


 その隙を突き、リリィが詠唱を完了させる。


「――炎の環よ、燃え上がれ!」


 紅蓮の輪が広がり、黒い根を焼き尽くす。


 だが、焼かれた部分からはさらに新たな枝が伸び、再生を始めた。


「まるで生きてる……!」


「違う、これは“森の防衛本能”よ」


 ルーナが顔をしかめる。


「森が外敵を排除するために、魔力を凝縮させて根を操ってる!」


 迅は剣を握りしめ、根の動きを観察した。

 攻撃は荒いが、中心を守るように枝を絡めている――まるで“核”を隠すように。


「ルーナ! 中心の魔力の流れを感じ取れるか!」


「感じる……あそこ!」


 ルーナが風で霧を払うと、奥の巨大な切り株の根元が淡く光っていた。

 腐蝕の源だ。


「ガルド! 道を作る!」


「任せろっ!」


 ガルドが咆哮とともに突進する。腕に宿った魔力が獣の牙のように光り、

 黒い根を一気に引き裂いた。


 迅はその隙を逃さず前へ飛び出す。


 剣を構え、中心の光に向かって突き立てた――。


 鈍い音とともに、光が弾けた。


 森全体が一瞬震え、空気が変わる。


 さっきまでまとわりついていた瘴気が、霧のように消えていった。


「……終わったの?」


 リリィが肩で息をしながら呟く。


「たぶん、今のが“核”だったんだ」


 迅は剣を鞘に収め、辺りを見渡した。


 木々の黒ずみが少しずつ薄れ、枯れていた葉がほんのわずかに緑を取り戻している。


「森が……息を吹き返してる」


 ルーナが安堵の笑みを浮かべた。


 その瞬間、森の奥から風が吹き抜けた。


 静かな、けれどどこか“誰かのため息”のような風。


「……聞こえた?」


 リリィが耳を澄ます。

 確かに、微かな“声”が混じっていた。


> ――ありがとう。



 幻聴のように、柔らかい声が風に乗って消えた。


「いまの……」


「気のせいかもしれない。でも……」


 迅は森を見上げた。


「この森、まだ生きようとしてるんだ」


 空の光がわずかに差し込み、黒樹の森の中に一筋の陽が射した。



 森を出たとき、夕暮れの光が差していた。


 全員が無言のまま歩きながら、それぞれの胸に“何か”を感じていた。


 リリィは手を組み、祈るように小さく呟く。


「森がもう苦しまないように……」


 迅はその横顔を見て微笑んだ。


「この世界は、まだ知らないことばかりだな」


 その言葉に、ルーナが静かに頷く。

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