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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

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『黒樹の森の影』


 昼下がりのギルドは、冒険者たちのざわめきで満ちていた。


 武器を磨く音、笑い声、そして壁に貼られた依頼票の紙が風に揺れる。


「中級上位の依頼、ついに受けられるんだな」


 ガルドが分厚い腕を組みながら呟いた。


 Dランク昇格を果たしてから数日、迅たちはついに“次の壁”へと挑む準備を整えていた。


「うん。……でも、ちょっと緊張するね」


 リリィが依頼票を覗き込みながら言う。


 そこに書かれていた文字は――《黒樹の森・魔力異常調査》。


「黒樹の森……?」


 迅が眉をひそめた。


「聞いたことない名前だな」


 受付嬢のエマがカウンター越しに微笑む。


「最近できた呼び名なんです。森の中心部の樹々が黒く染まり、魔獣たちが暴れ始めたとか。村人たちがそう呼ぶようになって」


「黒く染まる……魔力の暴走かもしれませんね」


 ルーナが静かに言葉を重ねた。


「自然の魔力が乱れると、植物が“呪い”のように変質することがあります」


 迅はその言葉に頷き、依頼票を掴んだ。


「よし、行こう。初めての上位クエストだ。……気を引き締めよう」


 エマは微笑んで送り出す。


「お気をつけて。黒樹の森は……最近、戻ってこない冒険者もいるそうです」


 その言葉だけが、妙に心に残った。



 森へ向かう途中、空の色が徐々に変わっていった。


 昼なのに薄暗く、湿った風が肌をなでる。


 森の入口には、古びた祠がぽつんと立っていた。


「……嫌な空気ね」


 リリィが杖を握りしめる。


 彼女の炎魔法は気温や湿度に敏感に反応する。


 今、この場所の空気は“冷たすぎた”。


 森に一歩足を踏み入れた瞬間、四人の足音が吸い込まれるように静まった。


 木々の幹は黒ずみ、葉は枯れ、土からは淡い霧のような魔素が立ち上っている。


「……生きてる木なのに、死んでるみたいだ」


 迅の呟きに、ルーナがうなずく。


「魔力が循環していない。流れが……止まってる」


 やがて、ガルドが前方で立ち止まった。


「足跡だ。……人間の、それも数人分。けっこう新しい」


 雪でもないのに、地面の泥には深く刻まれた靴跡が続いていた。

 しかし、その先に見えたのは――倒れ伏した冒険者の亡骸だった。


 鎧は焼け焦げ、武器は錆びついている。


 リリィが息を呑む。


「……魔物の仕業?」


 そのときだった。

 頭上の枝が裂けるような音を立て、巨大な影が落ちた。


「避けろっ!」


 ガルドが咆哮し、迅が前に出る。


 飛び出してきたのは、漆黒の毛皮をまとった巨大な熊――“黒樹熊”と呼ばれる魔獣。


 その眼は真紅に染まり、涎を垂らしていた。


「リリィ、後方支援! ガルドは右! ルーナ、風壁を!」


 迅の声が響く。


 四人の息が合い、戦闘が始まった。


 熊の腕が大地を叩き、衝撃で枝が舞い上がる。


 ルーナの風が衝撃波を押さえ込み、リリィの火弾がその隙を突く。


 炎が熊の肩口を焼き、ガルドがその懐に飛び込む。


「おおおっ!」


 斧に力を込めて叩き込む。だが硬い。


 迅はその隙を狙い、背後から剣を振り抜いた。


 刃が黒い体毛を裂き、紫の血が飛び散る。


「倒したか……?」


 息を整えた瞬間、熊の体から“黒い霧”が噴き出した。


 霧は形を持ち、ゆらめく人の影のように蠢く。


 その眼だけが光っている。


「……魔力の塊? まるで、何かに取り憑かれたみたい」


 ルーナが警戒し、詠唱を始める。


 だが霧の影は抵抗もせず、音もなく消えた。


 森は再び静寂を取り戻した。


 ただ――木々の奥で何かが「見ている」気配が残る。


「……終わった、わけじゃなさそうだな」


 森の奥を見つめた。


 黒く枯れた木々の間に、一瞬だけ――


 まるで心臓の鼓動のように、森全体が脈動した。


 リリィが小さく囁く。


「……生きてる。森そのものが……息をしてる」


 それは、この先の異変の始まりだった。

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