『Dランク冒険者』
模擬戦から一夜が明けたギルドは、どこかざわついていた。
酒場ではいつものように冒険者たちが騒ぎ、依頼掲示板の前には行列ができている。
――だが、その空気の中で、昨夜の戦いの話があちこちで囁かれていた。
「なあ聞いたか? グレンとジンが互角だったってよ」
「まさか、あの“ゴミスキル”が……?」
「嘘じゃねぇぞ。俺、現場で見てた」
それは驚きと、半信半疑と、ほんの少しの興奮が混ざった声だった。
昨日まで迅を笑っていた冒険者たちの口からも、その名が出ていた。
「迅さん。ギルドマスターがお呼びです」
カウンターの奥から受付嬢のエマが顔をのぞかせた。
柔らかな金色の髪に優しい笑顔――最初に登録した日のことがふと頭をよぎる。
「昨日の件……ね」
りりぃは目を細めて、少しだけいたずらっぽく笑った。
「行ってきなさい。ちょっと……良い話かもよ?」
迅はうなずき、ギルドの奥へ向かう。
その背中に、リリィ・ガルド・ルーナの三人がさりげなく視線を送っていた。
ギルドマスター室。
重厚な扉をくぐると、木製の机に肘をついた男がいた。
白髪交じりの髭を蓄えた壮年の男――ギルドマスターのハロルドだ。
「よく来たな、迅」
「呼ばれたので」
「……あの模擬戦、見ていたぞ」
ハロルドの目が細くなる。
老いた眼差しの奥に、職人のような鋭さが宿っていた。
「グレンと互角に剣を交えるとは思わなかった。少なくとも、登録当初の“お前”からは想像できん」
「……修行してきたので」
「ふっ……だろうな。あれは一朝一夕で身につく剣じゃねぇ」
ハロルドはゆっくりと立ち上がり、机の引き出しからひとつの銀色のバッジを取り出した。
刻印された紋章は、冒険者ランク「D」。
「――昇格だ。迅」
「……え?」
「模擬戦の記録とギルドの評価委員の判断だ。
Cランクとまではいかんが、Dランクの実力は充分あると判断された」
銀色のバッジが、机の上にコトンと置かれる。
最初に登録したときとは、まるで違う重みを感じた。
「Dランクになると、中級クエストの上位まで受注が可能になる」
ハロルドは指で地図を指し示しながら続ける。
「遠征や小規模討伐隊への参加も視野に入る。……責任も増えるがな」
「責任……」
「お前には、それを背負う覚悟があるように見える」
ハロルドはゆっくりと口元をほころばせた。
最初に登録したときの嘲笑や疑いの視線ではない。
――「一人の冒険者」として向けられるまなざしだった。
「受け取れ。お前の力で勝ち取った証だ」
迅は手を伸ばし、そのバッジを握りしめた。
冷たい金属の感触が、心に深く刻まれる。
「……ありがとうございます」
ギルドを出ると、リナと仲間たちが入口で待っていた。
リリィが真っ先に駆け寄ってくる。
「迅っ! どうだったの?」
「……ほら」
迅が銀色のバッジを見せると、リリィの目がぱっと輝いた。
「わぁ……Dランク! ほんとに昇格したんだ!」
「やったじゃねぇか!」
ガルドが豪快に背中を叩き、ルーナが静かに微笑んだ。
「これで……中級の上も受けられる」
「つまり――次の冒険は、今までよりずっと危険で、ずっと先に進めるってことだね」
リリィの声は弾んでいた。
彼女だけでなく、三人とも心の底から誇らしげな顔をしている。
「……なぁ、みんな」
少し照れながら、迅はぽつりと口を開いた。
「ありがとう。ここまで来れたの、みんなのおかげだ」
「バカ言うな」
ガルドが鼻で笑う。
「お前が立ち上がったからだろ」
「そう。……あの日、あのまま逃げてたら、今日のあなたはいなかった」
ルーナの言葉に、リリィがこくこくとうなずいた。
胸の奥に、あの日ヴァロスに言われた言葉が蘇る。
――「剣は勝つためじゃねぇ。守るためのもんだ」
迅はぎゅっとバッジを握りしめ、前を向いた。
「……よし。次の冒険、行こう」
「「「おうっ!!」」」
ギルドの喧騒の中、四人の声が重なった。
あの日とは違う。
嘲笑ではなく、期待と敬意の視線が彼らの背中に注がれていた。




