『再戦の刻』
ギルド裏手の訓練場に、ざわめきが満ちていた。
木製の観覧柵の周りには、興味を持った冒険者たちが次々と集まってくる。
数ヶ月前に行われたあの模擬戦を覚えている者も多く、
「どうせまた一方的に終わる」と笑う者もいれば、
「でも今のあいつ……違うぞ」と小声で言い合う者もいた。
その中央、砂地の上に向かい合う二人の姿――
金髪の青年グレンと、木剣を握った迅。
グレンは王都でも名を知られる冒険者。
一方の迅は、かつて“ゴミスキル”と笑われた落ちこぼれ。
けれどその場の空気は、前回とはまるで違っていた。
「……やる前からわかるだろ。結果なんてよ」
グレンが肩を回しながら、余裕の笑みを浮かべる。
その声は大きく、観客全員に届いた。
その挑発に、周囲の一部がクスクスと笑う。
だが迅は、もう何も言い返さなかった。
木剣を握り、静かに息を吸い込む。
芯を、地面に通すように構える。
「……なんか、雰囲気が違うな」
「前とは……まるで別人だ」
観客の中から、そんな声が漏れた。
「始めっ!」
審判役のギルド職員の声が響いた瞬間、
グレンの姿が視界から消えた。
「――ッ!」
踏み込みが速い。地面を滑るような一歩。
それに遅れず、迅の木剣が“間合い”を捉えた。
金属と木がぶつかる鈍い音。
砂が舞い上がり、風が一気に張りつめた。
「……っ!」
腕に重い衝撃が走る。それでも足は――踏みとどまっていた。
「へぇ……前は一撃で膝ついてたのにな」
グレンの顔に、わずかな驚きが混じる。
迅の目は、真正面から彼を捉えていた。
剣が交錯する。
踏み込み、受け流し、剣先の角度。
ヴァロスとの稽古で叩き込まれた“芯”が、迅の剣を支えていた。
グレンの剣筋は速く、重い。
しかし――見えないほどでは、もうなかった。
「な……!」
グレンの横薙ぎを、迅が木剣で流し、すれ違いざまに踏み込む。
その切っ先がグレンの喉元寸前で止まった。
観客が息を呑む音が、はっきりと聞こえた。
「……へぇ」
グレンの瞳が細められる。
笑ってはいるが、その奥にあった“余裕”はもう消えていた。
「いいじゃねぇか……!」
その声とともに、グレンが本気で踏み込んだ。
地面を抉るような突進。剣が火花を散らす。
「うおおおおっ!!」
「――ッ!」
激しい剣戟の連続。
金属と木のぶつかる音が、砂地にこだまする。
観客たちは息をするのも忘れ、ただ目の前の攻防を見つめていた。
「っ……はぁ、はぁ……!」
数合打ち合うごとに、迅の肺が焼けるように熱くなる。
腕も足も重い。だけど――倒れない。
グレンの剣筋も、ほんの少し荒くなっていた。
彼の脳裏にも、あの“無力な少年”の姿はもうない。
「くそ……舐めた真似してんじゃねぇ!」
グレンが低く踏み込み、渾身の突きを放つ。
風を切る音が耳を裂いた。
迅は一瞬目を閉じ、全身の力を芯に集める。
剣先がぶつかった瞬間、砂煙が巻き上がった。
互いの剣が押し合い、きしみ、ぶつかる。
観客の誰もが、すぐに決着がつくと思っていた。
だが、二人は倒れない。
「おい……何だよあれ」
「グレンと互角に――?」
「マジかよ……!」
観客席からどよめきが走る。
以前のような嘲笑は、もうなかった。
そこにあるのは――純粋な驚きと、戦いへの敬意。
グレンが剣を振り上げた瞬間、迅も同じように踏み込む。
砂地を蹴り上げる音が重なり、二人の剣が空中で激しくぶつかる。
――ガァンッ!!
その衝撃に、周囲の空気が震えた。
砂煙が舞い、二人の姿が霞む。
だが、互いに崩れない。
グレンが歯を食いしばる。
迅も額から汗を流しながら、目を逸らさない。
(前と同じじゃない……!)
グレンの胸の奥に、初めての“焦り”が生まれていた。
あの頃の迅なら、とっくに地面に膝をついていた。
でも今、彼は真正面から――自分と剣を交えている。
木剣と金属の剣。
装備も、力量も、本来なら比較にもならない。
それでも――並んでいた。
剣が絡み、互いの顔が至近距離になる。
息がぶつかり合う。
そのとき、迅の口元がわずかに笑った。
「……前と違うんだよ、俺は」
「っ……!」
グレンの眉がぴくりと動く。
力を込める。
迅も同じように踏み込み、両者の足元に亀裂が走った。
「――そこまでッ!!」
審判の声が響く。
二人の剣がぶつかったまま、動きが止まった。
砂煙が晴れると、観客全員が息を呑んだ。
グレンと迅――二人は一歩も譲らず、互いの刃を押し合っていた。
勝敗はついていない。
だけど、もう“誰の目にも”見えていた。
――あの頃の一方的な勝負ではない。
「……チッ」
グレンが剣を引き、背を向ける。
その顔には悔しさとも、驚きともつかない複雑な感情が滲んでいた。
「いい目ぇするようになったじゃねぇか」
それだけを言い残し、彼は観客の間を抜けて去っていった。
その背中には――確かに、今までになかった“警戒”があった。
訓練場に残った静寂の中、リリィが真っ先に駆け寄った。
「迅っ!!」
「……はぁ……はぁ……」
肩で荒く息をしながらも、迅はまっすぐ立っていた。
膝も、剣も、折れていない。
「……やったな」
ガルドが笑い、ルーナが静かに頷く。
三人の顔に、誇らしげな光が宿っていた。




