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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

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『再戦の刻』

ギルド裏手の訓練場に、ざわめきが満ちていた。


 木製の観覧柵の周りには、興味を持った冒険者たちが次々と集まってくる。


 数ヶ月前に行われたあの模擬戦を覚えている者も多く、


 「どうせまた一方的に終わる」と笑う者もいれば、

 「でも今のあいつ……違うぞ」と小声で言い合う者もいた。


 その中央、砂地の上に向かい合う二人の姿――


 金髪の青年グレンと、木剣を握った迅。


 グレンは王都でも名を知られる冒険者。


 一方の迅は、かつて“ゴミスキル”と笑われた落ちこぼれ。


 けれどその場の空気は、前回とはまるで違っていた。


「……やる前からわかるだろ。結果なんてよ」


 グレンが肩を回しながら、余裕の笑みを浮かべる。


 その声は大きく、観客全員に届いた。

 その挑発に、周囲の一部がクスクスと笑う。


 だが迅は、もう何も言い返さなかった。


 木剣を握り、静かに息を吸い込む。


 芯を、地面に通すように構える。


「……なんか、雰囲気が違うな」


「前とは……まるで別人だ」


 観客の中から、そんな声が漏れた。



「始めっ!」


 審判役のギルド職員の声が響いた瞬間、

 グレンの姿が視界から消えた。


「――ッ!」


 踏み込みが速い。地面を滑るような一歩。


 それに遅れず、迅の木剣が“間合い”を捉えた。


 金属と木がぶつかる鈍い音。

 砂が舞い上がり、風が一気に張りつめた。


「……っ!」


 腕に重い衝撃が走る。それでも足は――踏みとどまっていた。


「へぇ……前は一撃で膝ついてたのにな」


 グレンの顔に、わずかな驚きが混じる。


 迅の目は、真正面から彼を捉えていた。


 剣が交錯する。


 踏み込み、受け流し、剣先の角度。


 ヴァロスとの稽古で叩き込まれた“芯”が、迅の剣を支えていた。


 グレンの剣筋は速く、重い。


 しかし――見えないほどでは、もうなかった。


「な……!」


 グレンの横薙ぎを、迅が木剣で流し、すれ違いざまに踏み込む。


 その切っ先がグレンの喉元寸前で止まった。


 観客が息を呑む音が、はっきりと聞こえた。



「……へぇ」


 グレンの瞳が細められる。

 笑ってはいるが、その奥にあった“余裕”はもう消えていた。


「いいじゃねぇか……!」


 その声とともに、グレンが本気で踏み込んだ。

 地面を抉るような突進。剣が火花を散らす。


「うおおおおっ!!」


「――ッ!」


 激しい剣戟の連続。


 金属と木のぶつかる音が、砂地にこだまする。


 観客たちは息をするのも忘れ、ただ目の前の攻防を見つめていた。



「っ……はぁ、はぁ……!」


 数合打ち合うごとに、迅の肺が焼けるように熱くなる。

 腕も足も重い。だけど――倒れない。


 グレンの剣筋も、ほんの少し荒くなっていた。


 彼の脳裏にも、あの“無力な少年”の姿はもうない。


「くそ……舐めた真似してんじゃねぇ!」


 グレンが低く踏み込み、渾身の突きを放つ。


 風を切る音が耳を裂いた。


 迅は一瞬目を閉じ、全身の力を芯に集める。


 剣先がぶつかった瞬間、砂煙が巻き上がった。



 互いの剣が押し合い、きしみ、ぶつかる。


 観客の誰もが、すぐに決着がつくと思っていた。


 だが、二人は倒れない。


「おい……何だよあれ」


「グレンと互角に――?」


「マジかよ……!」


 観客席からどよめきが走る。


 以前のような嘲笑は、もうなかった。


 そこにあるのは――純粋な驚きと、戦いへの敬意。



 グレンが剣を振り上げた瞬間、迅も同じように踏み込む。


 砂地を蹴り上げる音が重なり、二人の剣が空中で激しくぶつかる。


 ――ガァンッ!!


 その衝撃に、周囲の空気が震えた。


 砂煙が舞い、二人の姿が霞む。


 だが、互いに崩れない。


 グレンが歯を食いしばる。

 迅も額から汗を流しながら、目を逸らさない。


(前と同じじゃない……!)


 グレンの胸の奥に、初めての“焦り”が生まれていた。


 あの頃の迅なら、とっくに地面に膝をついていた。


 でも今、彼は真正面から――自分と剣を交えている。


 木剣と金属の剣。


 装備も、力量も、本来なら比較にもならない。


 それでも――並んでいた。



 剣が絡み、互いの顔が至近距離になる。


 息がぶつかり合う。


 そのとき、迅の口元がわずかに笑った。


「……前と違うんだよ、俺は」


「っ……!」


 グレンの眉がぴくりと動く。

 力を込める。

 迅も同じように踏み込み、両者の足元に亀裂が走った。


「――そこまでッ!!」


 審判の声が響く。


 二人の剣がぶつかったまま、動きが止まった。


 砂煙が晴れると、観客全員が息を呑んだ。


 グレンと迅――二人は一歩も譲らず、互いの刃を押し合っていた。


 勝敗はついていない。


 だけど、もう“誰の目にも”見えていた。


 ――あの頃の一方的な勝負ではない。



「……チッ」


 グレンが剣を引き、背を向ける。


 その顔には悔しさとも、驚きともつかない複雑な感情が滲んでいた。


「いい目ぇするようになったじゃねぇか」


 それだけを言い残し、彼は観客の間を抜けて去っていった。


 その背中には――確かに、今までになかった“警戒”があった。



 訓練場に残った静寂の中、リリィが真っ先に駆け寄った。


「迅っ!!」


「……はぁ……はぁ……」


 肩で荒く息をしながらも、迅はまっすぐ立っていた。

 膝も、剣も、折れていない。


「……やったな」


 ガルドが笑い、ルーナが静かに頷く。


 三人の顔に、誇らしげな光が宿っていた。


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